恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
「それがわかんない。そういうことって責任はどっちも同じでしょ?」

「距離置こうって言ったのは私なのに、できたからやっぱりって言えないでしょ」



恵美がグラスを傾けて、やや乱暴に音を立ててテーブルに戻した。
声を抑えて、淡々としていた言葉に、少し苛立ちが混じる。



「状況が変わったんなら、瑛人君だって黙ってないよ!」

「…できたって言ったら、笹倉は絶対結婚しようって言うもん」

「それの何が…」

「そんな結婚、意味あるの?」



私だって、いい加減に考えたわけじゃない。
まっすぐ見据えてそう告げたら、私の正面で恵美が言葉を詰まらせた。



「笹倉とのことも、悩んだけどね。信頼はしてるよ。無責任な人じゃないから、言わない。気持ちの繋がらない結婚なんて意味ないでしょ」



母親になるって決めた時から。
女としての悩みは全部、二の次になったのだ。


恵美が、両掌で涼しげな襟足を撫でて項垂れた。
彼女の怒りは、私を心配してくれてのことだって、ちゃんとわかってる。



「二人の関係がちゃんとなってないのに妊娠するようなこと…なんでそんな迂闊な…」

「…それは、その…」



それを言われると。
私は、視線を泳がせて、口ごもる。



「いつもはね、ちゃんとしてたんだけども」



と小さくつぶやきながら、外では話しにくい単語が多い。

俯せた恵美の顔が少し上がり、何…と低い声で聞かれて。

ただでさえ、飲み込みにくいレバーが喉を通らない。



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