恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
「えっとね」



そうだった。
まだ何にも話してなかったのだった。


妊娠もぎっくり腰で誤魔化したまま、私は他店へ異動したことになっていたのだった。


何から説明するか迷った私は、例のごとく彼女にとっては突拍子もない報告となる言葉を選んでしまう。



「私、ぎっくりじゃなくて妊娠してるんだよね。それで、ちょっと無理言って産休に入らせてもらってるの」

「え……」



あ、鳩が豆鉄砲。


くりくりした大きな瞳がますます見開かれて、口も大きく開くものだから。
叫びだす前にカナちゃんの口に掌を当てた。



「ぅぐっ」

「売り場で大きな声出さないの。店長居る?今日私来ることは連絡いれてあるんだけど」



叫び声をなんとか飲み込んだカナちゃんは、こくこくと頷く。
堪えたようなので、その口元を解放してあげると。



「今一条さんが来て、さっき一緒に倉庫行きましたよ」

「げ。一条さん居るの」



間の悪いというか。
一条さんにも直接説明しなければいけなくなったではないか。


あの怖い笑顔を思い出して慄然としていると、とんとん、と肩を指先でつつかれた。
振り向くと、笹倉が自分の店の方を指差して。



「俺も報告行ってくる」



それだけ言うとスタスタと自店へと歩いていく。

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