2LDKの元!?カレ
「おかえり志保子」
聡に迎えられて中に入ると、両手に抱えた荷物を自室に運んだ。
それからリビングのソファーにテーブルを挟んで座り、聡が入れてくれたコーヒーを一口啜った。
テレビもついていない部屋は、怖いくらいに静かで、息をつくことすら憚られてしまうほどだ。
その沈黙を先に破ったのは聡だった。
「――売却しようと思ってるんだ」
何の前置きもなく、唐突にそう切り出す。
「ここを売りに出すってこと?」
「ああ。知り合いに当たっただけでも、買いたいっていう人間が結構いてね。まあ、売るには困らなそうだよ」
「へえ、そう。やっぱりここ、場所がいいからね」
最寄駅は三軒茶屋。少し距離があるものの、人気のエリアには違いない。
渋谷や代官山までは自転車で行ける距離だ。
「そうらしい。新築じゃなかなか手が出せないし、中古物件は人気がありすぎてあまり出回らないんだそうだ。仲介は不動産関係の仕事をしている知り合いに任せようと思ってる。これで残りのローンの心配もなくなる」
「本当に?」
気になっていたローンの問題も解決できると聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
「ああ。それと、マンションの名義はオレになっているから、手続きはすべて任せておいてほしいんだ。あまり期待はできないけど、それで出た利益は二人で分けよう。異論は?」
「……ないよ」
異論はない。
けれど、たくさんの思い出が詰まったこのマンションが人手に渡るとなると、手放すのが急に惜しくなった。
聡が住んでいてくれればいいのにと思う。でも、そんなことを口にできる立場ではない。
当たり前だ。出ていくと言ったのは私なのだから。
「聡。忙しいのに任せっきりでごめんね。よろしくお願いします」
そういって深々と頭を下げる。
すると、聡は「ずいぶん他人行儀だな」といって笑った。