桜舞う
初夜
祝言を終え、次にやってくるのは初夜である。しかし、7回目の祝言にして、鈴姫は初夜をまともに過ごしたことがなかった。今までの殿方たちは、皆身体が弱いか既にお気に入りの側室がいて自分など蚊帳の外であった。
松江に着替えを手伝ってもらいながら、鈴姫はぼんやりと今までの初夜を思い出していた。
「お顔立ちも凛々しく、聡明な殿のように感じましたよ。今度こそ、鈴姫様を大切にして下さいます。大丈夫ですよ。」
松江が腰の紐を結びながら鈴姫に言った。少し遅れて鈴姫は松江と目を合わせた。松江は穏やかな笑顔で頷き、鈴姫も小さく笑って答えた。
「いつもすまぬな、松江。」
「いってらっしゃいませ、鈴姫様。」
「…いってくる。」
牧村吉辰は、自分と鈴姫のために用意された寝室でじっと待っていた。祝言で見た鈴姫の抜け殻のような横顔と作り笑顔が頭から離れない。
自分にとっては初めてもらう嫁であり、もちろんこれからまた嫁をもらうつもりもない。これから寄り添って生きる者であるからこそ、その理由が知りたかった。
吉辰が考えにふけっていると、背後で襖が開く音がし、後ろを振り返った。現れたのはもちろん鈴姫であり、俯いたまま機械的な動きで吉辰の前に座り、平伏した。
「鈴でございます。」
やはりどこか上の空のように感じた。しかし、吉辰はできるだけ平常心を保つよう努め、
「牧村吉辰じゃ。和那の国によく来てくれた。まだ会うて間もないが、大切にする故、これからよろしく頼む。」
鈴姫は、寝室に入ってまず吉辰がいることに驚きを感じた。今までの経験から感情を閉じ込め、表に出さないようにしていたため、身体は機械的に動いていた。しかし、吉辰は今「大切にする」と言っていた。そのようなこと、言われたことがない。感情を閉じ込めていた壁からすり抜け、思わず鈴姫は吉辰を見てしまった。松江の言っていた通り、凛々しい顔立ちである。
(この人が、こ度の殿…。)
鈴姫が顔を上げたとき、吉辰は初めて鈴姫の純粋な表情を見た気がして嬉しさが溢れ出してくるのを感じた。
(今は驚いている顔だ…。)
改めて見ると、瞳が大きく少女のような雰囲気を持つ小柄な姫である。怖がらせないように、そっと手を伸ばし、その頬に触れてみる。触れた瞬間、鈴姫は身体をびくりと震わせ目を伏せたが、嫌がっている様子ではなかった。柔らかい頬に指を滑らせ、ゆっくりと鈴姫に近づいた。そして、壊れ物を扱うようにそっと腕を伸ばして鈴姫を包み込む。
「末長く、共に生きて行こう。」
吉辰に頬に触られたとき、もう壁の向こうに戻るのは不可能であった。今まで壁の向こうに行くことで自分を守るよう努めてきたが、吉辰の行動と言葉から自分を守る必要がないと本能で感じた。しかし、長く閉じこもっていた鈴姫にとって、硬い殻を砕くのは容易なことではない。今は、自分を包んでいる腕に身を任せ、束の間の安らぎに浸る事しかできなかった。
松江に着替えを手伝ってもらいながら、鈴姫はぼんやりと今までの初夜を思い出していた。
「お顔立ちも凛々しく、聡明な殿のように感じましたよ。今度こそ、鈴姫様を大切にして下さいます。大丈夫ですよ。」
松江が腰の紐を結びながら鈴姫に言った。少し遅れて鈴姫は松江と目を合わせた。松江は穏やかな笑顔で頷き、鈴姫も小さく笑って答えた。
「いつもすまぬな、松江。」
「いってらっしゃいませ、鈴姫様。」
「…いってくる。」
牧村吉辰は、自分と鈴姫のために用意された寝室でじっと待っていた。祝言で見た鈴姫の抜け殻のような横顔と作り笑顔が頭から離れない。
自分にとっては初めてもらう嫁であり、もちろんこれからまた嫁をもらうつもりもない。これから寄り添って生きる者であるからこそ、その理由が知りたかった。
吉辰が考えにふけっていると、背後で襖が開く音がし、後ろを振り返った。現れたのはもちろん鈴姫であり、俯いたまま機械的な動きで吉辰の前に座り、平伏した。
「鈴でございます。」
やはりどこか上の空のように感じた。しかし、吉辰はできるだけ平常心を保つよう努め、
「牧村吉辰じゃ。和那の国によく来てくれた。まだ会うて間もないが、大切にする故、これからよろしく頼む。」
鈴姫は、寝室に入ってまず吉辰がいることに驚きを感じた。今までの経験から感情を閉じ込め、表に出さないようにしていたため、身体は機械的に動いていた。しかし、吉辰は今「大切にする」と言っていた。そのようなこと、言われたことがない。感情を閉じ込めていた壁からすり抜け、思わず鈴姫は吉辰を見てしまった。松江の言っていた通り、凛々しい顔立ちである。
(この人が、こ度の殿…。)
鈴姫が顔を上げたとき、吉辰は初めて鈴姫の純粋な表情を見た気がして嬉しさが溢れ出してくるのを感じた。
(今は驚いている顔だ…。)
改めて見ると、瞳が大きく少女のような雰囲気を持つ小柄な姫である。怖がらせないように、そっと手を伸ばし、その頬に触れてみる。触れた瞬間、鈴姫は身体をびくりと震わせ目を伏せたが、嫌がっている様子ではなかった。柔らかい頬に指を滑らせ、ゆっくりと鈴姫に近づいた。そして、壊れ物を扱うようにそっと腕を伸ばして鈴姫を包み込む。
「末長く、共に生きて行こう。」
吉辰に頬に触られたとき、もう壁の向こうに戻るのは不可能であった。今まで壁の向こうに行くことで自分を守るよう努めてきたが、吉辰の行動と言葉から自分を守る必要がないと本能で感じた。しかし、長く閉じこもっていた鈴姫にとって、硬い殻を砕くのは容易なことではない。今は、自分を包んでいる腕に身を任せ、束の間の安らぎに浸る事しかできなかった。