桜舞う
はじまり

〜朝食〜

「昨夜は良くお休みになられた様ですね、鈴姫様。」
吉辰の着替えを手伝ったあと、鈴姫の髪を梳きながら松江は嬉しそうに言った。鈴姫は夢に魘されて眠れないことが多く、嫁入りや離縁のときは特に多かった。松江は笑顔で鈴姫を送り出したが、心の中ではもしも、という心配が消えなかった。しかし、その心配は杞憂であった。
(鈴姫様にもようやく…。)

朝餉は広間で吉辰と父である辰之介と3人で囲んだ。これは辰之介の案であった。
「そなたは食べぬのか?」
朝餉が始まって間も無く吉辰が鈴姫に言った。吉辰と辰之介が食べ始めても、鈴姫は箸を持たずじっとしているだけであった。思わぬ言葉に鈴姫はどう説明すればいいのか分からず、
「えっと…。」
と俯いたまま膝の上で手を握るしかできなかった。
「どこか具合でも悪いのか?」
吉辰だけはなく、父である辰之介にまで心配をかけてしまい、鈴姫はさらに言葉がでなくなってしまった。鈴姫の様子を後ろで伺っていた松江は、代わりに説明を始めた。
「申し訳御座いません。鈴姫様は決してお体が優れないということではないのです。今まで嫁いできた先で、朝餉は殿方が済ませてからではないと食べてはならぬと言われていたので、食べぬようにしていただけなのでございます。」
松江の説明に、黙って聞いていた辰之介は小さい声で「なんと…。」と呟いた。吉辰は、何となく怒りを感じたが、俯いている鈴姫になるべく穏やかに話した。
「朝餉は皆で食べた方が上手い。ここではわしや父上と共に食べよ。」
吉辰の言葉に鈴姫ははっと顔を上げ、昨夜と同じ穏やかに笑っている吉辰を見て何故か涙がこみ上げてくるのを感じた。しかし、泣く訳にもいかない。ぐっと涙を堪えていると、後ろから松江に肩を軽く押された。
「鈴姫様。」
「…いただきます。」
小さく言って、箸を手にとった。


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