桜舞う
吉辰は直之の指示で、上宮の国を治める河上信綱の本陣近くまで来ていた。直之の指示がくるまで、敵に気づかれぬよう明かりもないまま陣をはり幾日。和那の国を離れてもう一月は過ぎていた。場所が場所なだけに、家臣の数もわずか20名ほどしかいない。さすがに皆疲労が出始めていた。

直之の言葉はこうである。
「歴史に残る派手な戦にする。火の玉が上がったら一気に敵陣を攻めるのじゃ。」

とはいったものの、火の玉など見える気配もない。それどころか、吉辰が陣をはりはじめたころから雨が続いていた。これでは火の玉どころか、火を起こすことさえできない。

吉辰はふと空を見上げた。そういえば今は雨が止んでいる。肌寒いが空気が澄んで星が綺麗に見えた。

(鈴の飯が食いたい。)

ここは戦場。心配や気がかりは命取りである。しかし、鈴のことだけは考えられずにいられなかった。

幸い、今は家臣は官兵衛以外眠っている。
(また夢にうなされていないといいが…)

「殿。」
「なんだ官兵衛。」
「直之様が仰せになった火の玉ですが、もしかして日の出ではありませぬか⁇」
「日の出⁇」
「はい。殿が直之様の陣に加わってからは雨が続いて日の出は見られませんでしたが、今日の星空を見る限り、明日は雨は降りませぬ。我らはちょうど南の方角におります故、日の出の時は死角になります。もし直之様が北から攻めるのであれば…」
「挟み撃ちか。」
「いかにも。直之様がわざわざ殿を雨の中敵陣の近くまで行かせたのも、雨で音に気づかれぬ故。まさかこれほど近くに雨の中敵がいるとは思わず、敵は確実に油断しているはず。直之様はそこを狙っているのでは。」

淡々と意見を述べる官兵衛。皆が疲れている状況でも、疲労の様子を一切みせず、常に冷静に物事を判断できる男である。

「なるほど。官兵衛の言う通りなら、明日の朝が勝負の時か。」

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