桜舞う
夢のあと
吉辰と鈴姫は毎晩布団を並べて同じ部屋で寝る。この城に来てからは特に夢に魘されることもなかったため、鈴姫は夢のことを忘れかけていた。しかし、それが油断に繋がった。

城下の市に行った日の夜、楽しかったのと同時に久しぶりに外を歩いて疲れたのか、鈴姫はすぐに眠りに落ちた。

鈴姫は燃える城の階段を寝巻き姿で駆け下りていた。火がそこまできている。少しでも気を抜いたら確実に死ぬ、本能でそう感じた。松江もおらず、立った一人…。
駆け下りているうちに広間についた。そこには火がまだ回っていない。暗くてなにも見えない。しかし、走りつづけていたので鈴姫は膝をついた。
ピチャ
水をはじいたような音がして、寝巻きに染み込んでくる。何かと思っているうちに辺りが明るくなって行く。鈴姫の目に入ってきたのは床に転がっている死体の山。鎧を来た男だけでなく女や子どもまで。さっきの水のようなものの正体が血だと分かり、鈴姫は慌てて立ち上がり、外に出ようとする。しかし、外は火の海。戻れば血の海。鈴姫は完全に逃げ道を失った。
「いやぁ…いやぁ……助けて…」

吉辰は隣のただならぬ空気で目を覚ました。何かと思えばとなりで寝ている鈴姫が大量の汗をかき、荒い呼吸をして何か小さい声で叫んでいる。
(夢に魘されているのか⁇)
とにかく起こさねばと思い、吉辰は鈴姫の手を握りながらもう片方の手で肩を揺する。
「鈴、鈴、戻ってくるんだ。鈴!」

(誰かが、わたしのことを呼んでいる…?)
聞き覚えのある声に鈴姫は辺りを見渡す。しかし誰もいない。
(どこ…?)
その時、上から光が差し込んでくる。鈴姫はとっさに手を伸ばした。

「鈴!」
鈴姫はゆっくりと目を開けた。吉辰が心配そうな顔で鈴姫を覗き込んでいる。回転しない頭で状況把握に鈴姫は必死に務めた。
「吉辰…様?」
「そうだ、わしだ。」
鈴姫が身を起こそうとするのを吉辰は手伝う。
「ずいぶん魘されていたな。しかしそれはただの夢だ。もう大丈夫だ。」
「夢…ぁ!」
鈴姫は夢のことを思い出し、小さく悲鳴を上げて自分の寝巻きをみる。何も付いていないことを確認するが、振り返した動悸はなかなか簡単には戻せない。鈴姫は再び呼吸が荒くなり始めたその時。

(‼)
吉辰が鈴姫の細い身体を腕の中にしまい込んでいた。
「もう大丈夫だ。わしがいる。鈴が安らかに眠るまでこうしておる故、安心して眠るがよい。」
吉辰の言葉に鈴は自然と呼吸が戻るのを感じた。
(…あったかい。)
鈴姫がそっと吉辰の袖の裾を掴むと、吉辰は更にきつく抱きしめてくる。少し息苦しいが、鈴姫はひどくそれに安心し、落ち着いていくのを感じた。
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