琥珀色の時間
それからというもの 彼は私の家に通ってくるようになった
自分の絵に足りないものは何なのかと 彼がその都度聞いてくる
自分で探しなさいと 私の答えはいつも同じだった
平行線の問答に嫌気がさしたのか諦めたのか 三回ほどくり返されたのち質問
は消えたが 彼の次の行動に 私はほくそ笑んだ
私が仕事をする後ろで 日がな一日本を読んで過ごすのだ
はじめの頃こそ 美術史だの色彩学だのと学術書が多かったが 一通り目を通
すと文学書へと手を広げていった
雑誌の締め切り前の忙しい時期の 私の迷惑も顧みず 本の感想を興奮しなが
ら聞かせてくれるときもあった
この作者の考えには同調できないと 怒りを露わにすることもあった
私が反論すると なぜか どうしてそう思うのと どこまでも食い下がって
くる
人生経験の差だと言うと そんなの理由にならないと 10歳の年齢差を引き
合いに出されるのを 彼は何よりも嫌った
クロッキーを始めたのもその頃だった
背中から聞こえてくる 紙の上を素早く走る鉛筆の音をBGM代わりに 私は
原稿を仕上げていく
何を書いているの? とは彼には聞かない
思うように したいように 彼の気持ちの赴くままにさせていた
その気持ちの中に 私への興味があることもわかっていたが 気付かぬ振りを
していた
描き疲れると机のそばに来て 原稿は進んでる? などと ありきたりの問い
かけをし私の肩に触れてくる
女の人の手って ホント小さいんだね と自分の大きな手を重ねて採寸ごっこ
をするときもあった
足を組み 割れたスリットからのぞく膝に 彼の視線が注がれている
さすがに膝の話題など思いつかないのか 私の頭の上で苦しげに欲望を抑えた
顔が 窓ガラスに映って見えた
「手を貸して」
「えっ? 手?」
疑問符とともに差し出された彼の手を 私は自分の膝に導いた
彼の手を握り 膝頭から太腿へと肌を滑らせる
「触った感想は?」
「……柔らかい……」
「そうよ 触れてみなきゃわからないことだわ 本には書いてないもの
アナタ経験は? まさか ないなんてこと……ないわよねぇ」
「あっ あるよ……でも」
「でも なに?」
「肌が柔らかいなんて そんなこと考える余裕はないよ」
「ふふっ そうでしょうね 今なら大丈夫かしら」
「いいの?」
「そんなこと聞かないの 大人の男ならどうするか 自分で考えなさい」
欲望のままに乱暴に抱きしめるのかと思った
若い激情に 私が抗えないほどの行動に出るのではないかと思っていた
けれどそうではなく 彼の見せた行為は 私が知る男の誰よりも扇情的だった
私の前に跪く (ひざまづく) と すでにめくれた裾をよけながら 手でい
とおしげに膝を撫でたあと ゆっくりと膝頭に口付けた
彼の唇は私の両膝を丁寧に行き来し 唇の滑ったあとは艶やかに濡れ 欲望の
軌跡を描いていた
やがて太腿へとのぼってきた頭が腿の内側へと入り込むため 彼の手が私の
両足を割り抱え込んだ
眼下で行われている行為は 私の欲望をも引きずりだすほどのもので いつしか
彼の頭を抱えながら 恍惚の縁へと足を踏み出していた
それは 若い彼の欲求に溺れてはいけないと 強い意思で自制しなければなら
ないほどだった
ベッドに誘ったのは私だった
書斎で事に及ぶほどの勇気はなく 恥ずかしいほどに湧き上がる欲望を抑える
ためにも 椅子から立ち上がる必要があった
大人の女を演じながらも 彼の眼差しは避けようもなく 覆いかぶさった体から
降り注ぐ視線に 薄く笑うことで余裕を見せた
眩暈がしそうな接吻と 忘我の波へ誘い込む指先に 充分なほど体が満たされ
ているにも関わらず 彼の背に爪を立てることで その波に飲み込まれまいと
抵抗した