琥珀色の時間


展覧会の準備に入ると J が自分のアトリエに篭るのはいつものことだった

私の家にも姿を見せず ひたすらキャンバスに向き合う日々を送るのだ

今回は それが一段と長く 彼が顔を見せなくなってから三ヶ月以上が過ぎて

いた


体調がすぐれぬ日を過ごしていたこともあり 彼の訪れが間遠くなっているのは

私にとっては好都合だった

彼が来なくなったのを幸いに 私は仕事に没頭した

いずれ しばらく仕事を離れなければならない時が来る

そのためにできることを片付け やりたい事を精力的にこなした


J から連絡があったのは それから一月ほどあとで 興奮した様子は受話器を

通しても伝わってくるほどだった

すぐに会いたい 行ってもいいかと聞いてきた彼に 私はすげない返事をした



「忙しいの 会えないわ」


「忙しいのはいつものことじゃないか わかった 

僕が連絡しなかったから怒ってるんだ」


「そんなんじゃないわ……」


「そうだ そうに決まってる 絵ができるまで会えないのは

いつものことじゃないか ねぇ 機嫌を直してよ これから行くよ」


「ダメだって 来ないで」


「じゃ 行くから 待ってて」



私の言葉など耳に入らないのか 会えない理由などないと思っているのか 

彼らしい一方的な言葉の後  慌しく電話が切れた

彼を避けるのは簡単だった

居留守を使うなり どこかへ出かければいいのだ

けれど それはその場しのぎにすぎない

真実を告げ 現実を見据えて 前を向いてもらうには 彼を迎えるしかない

そう思いながらも 私は深いため息をついていた

J の顔を見たら 彼の腕に抱かれてしまったら 私が決めたことを実行できる

だろうか

大きな不安を抱えながら 彼を迎えるためにキッチンに向かった




「あぁ ビィーの匂いがする ここに来ると 帰ってきたって気がするよ」


「ほら 立ってないで座って」


「良かった 怒ってるのかと思った 4ヶ月も会わなかったんだ 

怒って当然だけどね」



長い指がカップを持ち 口元に運んでカップを傾ける

見慣れた仕草なのに こんな些細なことでも私の胸は喜びで締め付けられた

この手が私を快楽へと導き 自制を崩していく

仕上げた絵の出来具合を熱心に語る唇を 話を聞きながらじっと見つめた

あの唇は 私の体の隅々まで知っている

この若い男が 私の心を掴んで離さないのだった


ひととおり話し終わった J は 立ち上がると私の隣りに座った

手をとり 肩を抱く一連の流れは以前と変わりなく すべての計画を投げ出し

たいほどの心地良さを与えてくれたが 近づいた唇を 私は意地悪く避けた



「どうして……やっぱり怒ってるんだ それとも拗ねてる?」


「怒ってなんかいない」


「理由があるなら聞かせてよ」



覗き込まれた瞳をかわすことは困難で 私は決めていたことを実行に移した

彼の手を握りなおし下腹部に押し当てると 丸みを感じられるように ゆっくり

と円を描いた

不可解さを見せていた彼の顔が驚きに変わると 私にされるままになっていた

手が止まった



「ビィー これって 僕の そうだろう そうだよね」


「違うわ アナタじゃない」


「ウソだ」


「本当よ だから来ないでって言ったのに」


「僕がアナタを放っていおいたからなの 来なかったからなの 

そうなんだね 相手は誰 僕の知ってる人?」


「……いいえ」



否定したにもかかわらず 彼は私の言葉を信じなかった

雑誌の編集者の誰だろうとか カメラマンのアイツだろうとか 手当たり次第

に知っている名前を上げ  私の顔色をうかがっている

そのどれにも顔を振ったのに 彼は そうだ あの編集長だろう と一人の

男性の名を挙げた

その人が なにかと私に言い寄っているのを彼も知っていたからで そうか 

そうなんだと 勝手に決め付けて落胆した



「あの人 結婚してるじゃないか それでもいいの?」


「相手にパートナーがいようといまいと 私には関係ないことだもの」


「じゃぁ僕も同じだ 僕はビィーが誰と付き合ってもかまわない 

僕だけのビィーがいればいい そうじゃないか」


「もうやめましょう」


「やめる? やめる理由は何?」



また理由だ 

どうしてこうも理論的に片付けなければ気がすまないのだろう

気持ちが離れたのだと言ってみたが そんなのいい訳にしか聞こえないと引き

下がらない



「興味が移ったの ほかに求めるものはないわ」


「僕よりも?」


「そうよ アナタよりも……」



膨らみかけた下腹部を これ見よがしにさすりながら言葉を重ねると

そんなの無理だ 勝てないよ……

搾り出すような声がして J は涙をこぼしながら肩を震わせた

自分より勝る存在が 私の体に芽生えていることを ようやく認めたのだった


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