The side of Paradise ”最後に奪う者”

   *

「あ~や~な」


日本語の発音で、こんなにふざけた呼び方をする人間は一人しか知らない。

大学の西門を出掛かっていた綺樹は声をした方を向いた。

瞬が街路樹に寄りかかっていた。

優しげで甘い顔といい、長い足といい、モデルがポーズをとっているように見える。

近寄ってくる様子は見せないのに、綺樹の方が近づいた。


「そろそろ卒論発表だろ?
 ボストンに戻る時期だろうから、その前に食事でも思って」

「うん、卒論発表は明後日だよ」


瞬を見上げたまま、穏やかな微笑を浮かべた。


「ボストンに戻る時期は未定だけどね」

「早急にって、言ってなかった?」


だから綺樹が、帰る準備もあるからと、自分のマンションへ戻っていくのを止めなかった。

涼と違って、聞き分けのいい男を演じた。


「ああ、そのつもりだったんだけどね」


ふっと諦めいた微笑を浮かべた。


「掴まったんだ。
 彼らは私の弱点を良く知っているからね。
 それをうまく利用された」
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