神の愛し子と暗闇の王子
ほぼ無意識について出た疑問に、野薔薇はばつが悪そうに少女から視線を逸らし窓の外を見やる。

そんな彼女を横目に白衣の青年はニヤリと、どこか悪役めいた笑みを浮かべて野薔薇の頭に自分の腕を置き、そのままグリグリと動かす。



「そうだよ。コイツは血が吸えないんだ。吸血鬼なのに」



野薔薇の眉間に、深い皺が刻まれる。

どんどん乱れていく髪に、彼女は抵抗こそしないものの明らかな殺意を込めて彼女は白衣の彼を睨みあげているのだが、当の本人は気にした風も見せず相変わらず悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女の髪を乱し続けていた。

野薔薇の艶やかな黒髪はもつれこそしていないが、そうも乱暴に扱ってしまうとせっかくの髪が傷んでしまわないかと見ている方が冷や冷やする。

思わず制止の言葉をかけようとした少女だったが、それよりも早くに限界の来た野薔薇が動いた。

どこに隠し持っていたのか。三本の短剣を取り出すと、彼女は躊躇いも無く白衣の彼に投げつける。

彼女の手から放たれたそれは、真っ直ぐに青年の心臓を狙っており、少女は口元を覆って短い悲鳴をあげた。

そんな彼女を一瞥した彼は、口元に薄らと笑みを浮かべると手にしていた名簿を盾にして直撃を免れると、彼は白衣の内側から拳銃を取り出して銃口を彼女に向けると、躊躇いなくその引き金を引いた。

パァン、と凄まじい破裂音が響き渡り、その後のことを予測した少女は咄嗟に耳を押さえて目を閉じる。

――震えが、止まらない。

目を閉じる瞬間。見えてしまった。

銃口から飛び出る鉛の玉を。見えてしまった。狂気じみた暗い笑みを浮かべた、彼の姿を。

震える指で、全てを拒絶するように両耳を抑える。

あの後の彼女がどうなったかなんて、そんなの考えなくても分かる。

きっと。きっと彼女は……。

可哀想なほど震える彼女は、ついには足に力が入らなくなり、まるで糸が切れた操り人形のように、その場にがくりとくず折れた……のだが。

膝が地面につく寸前に、彼女の身体は何故か……宙に浮いた。




「――うるさいぞ。お前ら」

「何だ紅月。起きたのか」

「あんだけ騒がしくされたら、誰でも起きるだろ」




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