契約妻ですが、とろとろに愛されてます
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「ゆず姉、どう?」


慎がテニスサークルの練習帰りのようで、ラケットバッグを背負って病室に入って来た。


屋外で練習をしている慎は、夏の間に日に焼けた肌がまだ落ちずに浅黒い。


「いつ来ても凄い病室だね?」


病室をキョロキョロ見回しながら慎は言う。


「琉聖さんのおかげで快適に過ごしている ねえ、座ってよ 立たれていると首が痛くなる」


笑いながら慎にベッドの近くのイスを勧める。


「これ 美紀姉から」


慎が年季の入ったラケットバッグから取りだしたのは、数冊の雑誌と今話題のミステリー小説の単行本。


「これ、俺も読んだんだけど、犯人が読めなくてなかなか良かったぜ」


「ありがと 退屈してたんだ」


琉聖さんがいない時間はとても長く感じられる。テレビを見ていてもいつの間にか琉聖さんのことを考えている。考えれば余計に会いたくなる。夢中になる本でも読めば琉聖さんを考えずに済むと考えた。


「……いつ頃退院できそう?まだ顔色は悪いみたいだけど?」


私の顔をまじまじと見る慎は姉を労わる弟の顔だ。


「あと……三週間くらいだと思う」


「ほんとに?良かった」


もっと長くかかると思っていたようで、慎は満面に笑みを浮かべて喜んでいる。


「この病室って、スゲー高くて大臣とか、有名人が入るんでしょ?約二ヶ月間いたらどんだけかかるんだか 真宮さんと婚約していてラッキーだったな ほんと、ゆず姉愛されてるよ」


「し、慎っ!」


「その顔だと、うまく行っているみたいだね 良かった ゆず姉を貰ってくれる奇特な人なんて滅多にいないから逃すなよ?」


「もうっ!」


慎は真っ赤になる私をからかうのが楽しいみたいで、たっぷり冷やかすと帰っていった。


慎のおかげで寂しい気持ちが紛れた。だけど、帰ってしまうとすぐに琉聖さんを思い出してしまう。ミステリー小説を手に窓の外を見る。


琉聖さんがニューヨークへ行って今日で六日目。まだ六日しか経っていない……。琉聖さんを前にすると、つい甘えてしまう。これではいつまで経っても琉聖さんから離れられない……。きっと、別れれば琉聖さんを忘れられる。今は病気で気が弱くなってるだけ。治れば琉聖さんに会う前の自分に戻れるはず。


無理に気持ちを押し込めようとしている。小説を持つ手に力が入っていた。


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