契約妻ですが、とろとろに愛されてます
「今後、柚葉に近寄れば法的処置をとらせてもらう」


菜々美の綺麗にお化粧された顔に涙が溢れ出る。


「お願い……琉聖……」


「もう二度と会わない 終わりだ」


カウンターに一万円札を置くと俺はその場を去った。


マンションに戻った俺の苛立ちはまだ収まっていなかった。うろうろと部屋の中を歩き回る俺は、さながら檻の中の動物と言った感じだろう。


このままでは眠れない。バーでもほんの一口しか飲んでいない。俺はサイドボードの棚からウィスキーの瓶を手にすると、グラスに注いだ。


グラスを手にソファに座ると、テーブルの上の携帯電話が鳴った。


こんな時間に誰だ?


携帯電話の着信名に眉根を寄せる。


「どうした?玲子」


時刻は一時を回った所だが眠ってはいなかったようだ。


『柚葉さんが高熱を出して意識障害を起こしていると連絡があったの 今病院へ向かっている所よ』


「すぐに行く」


俺は自分に腹を立てながらタクシーを呼び病院へ向かった。


柚葉をひとりにさせるべきではなかった。


病室に行くと玲子が看護師たちに指示を出していた。ベッドに近づき、柚葉を見る。顔を赤らめて「はぁはぁ」と苦しそうな柚葉を見るのは辛かった。玲子に状態を聞こうと見た時、酸素吸入器をつけた柚葉の口から声が洩れた。


「りゅう……う……せい……さん……」


うわ言で俺の名を呼んでいた。


「ゆず、ゆず!」


俺の声に反応して柚葉がうっすらと目を開けたが、意識が混濁しているようですぐに目を閉じてしまった。それから俺は気が気でなかった。


薬が効き、容態が落ち着くと、後から来た美紀さんと慎君も安堵した。そして朝にはだいぶ熱も下がった。


まだ目覚めていないが、回復傾向にあると玲子は俺たちに告げた。


美紀さんと慎君はまた後で来ると言い、柚葉が目覚めるのを待たずに帰った。


高熱を出したせいで、柚葉は午後に検査になった。いつもの血液検査に加えて、骨髄検査だ。あの検査はかなり辛いようで、柚葉は検査から戻って来るとぐったりしていた。


柚葉を見守っていると、心の底から湧き上がってくる愛しさに、出会った日を思い出す。こんな感情が芽生えるとは思っていなかった。女など欲望を満たしてくれればいいと思っていた。婚約の経緯がどうであれ、俺は最初から始めたい。


「ん……」


柚葉の瞼が小刻みに震え声が洩れる。もうすぐ目が覚めそうだ。


そう思っていると瞼がゆっくり開いた。


「柚葉?」


ぼんやり天井を見た瞳がハッとしたように俺に動いた。

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