契約妻ですが、とろとろに愛されてます
どうやって家に入り寝たのかあまり覚えていなかった。お姉ちゃんが早く寝なさいって言っていた気もする。気が付いたら朝で、昨日の服のままで眠ってしまっていた。


洗面所で自分の顔を見る。目が赤く、少し腫れていた。腫れが引くようにジャバジャバと時間をかけて冷たい水で顔を洗う。


琉聖さんに会わなきゃ。誤解されたままでは嫌……。


まだ出社していない時間だけど、携帯電話を握る手はなかなか動かない。少し迷って会社に行ってから電話をすることにした。



更衣室に入ると誰もいなく、携帯電話に手を伸ばした。


桜木さんに電話をかけて琉聖さんのスケジュールを聞く。私の電話に少し驚いていたようだった。けれど何かを悟った桜木さんは琉聖さんのスケジュールを教えてくれて、私が電話してスケジュールを聞いたことは内緒にすると約束してくれた。



二時から執務室にいると教えられ、会社を三時に早退することに決めた。係長に病院へ行くと言うとすぐに受理された。


仕事を放りだして早退。いけないことをしていると思うけれど、琉聖さんが気になって仕事にも身が入らない。いっそのこと、ちゃんと話をして契約を終わらすのか、今後を決めたかった。それに誤解だけは解きたかった。本当に私が他の男の人と寝たなんて思って欲しくない。私が好きなのは琉聖さんだけなのに……。


白とブルーのマリンカラーのワンピースに着替えると会社を出た。外に出ると、ぎらぎらと照りつける太陽に目の前が一瞬真っ暗になり、立ち止まり俯く。


視界が元に戻ると、地下鉄に向かってゆっくりと歩き出した。


真宮コーポレーションの自社ビルが目に入ると、ここに来て契約したのがずいぶん前に感じてしまう。実際には一ヶ月程しか経っていないのに。


ビルに近づくと心臓が暴れはじめた。胸に手を当てて深呼吸をしてから広いロビーの中に足を踏み入れた。


平日の社屋はかなりの人が行き来している。前回いなかった受付に爽やかな水色の制服を着た女性が二人座っている。


桜木さんに電話をした時に、受付を通さずそのまま最上階に上がってくださいと言われていた。私は受付を素通りすると、役員専用のエレベーターに向かった。


最上階に到着するとそこにも高級素材のカウンターが置かれ、スーツを着た女性がひとり座っていた。


「あの……下山と申しますが――」


「桜木から伺っております ご案内いたします」


一流企業の秘書は立ち上がると、非の打ちどころがない動作と笑みで私を桜木さんの部屋まで案内してくれた。


桜木さんは私を見て一瞬、動揺したように見えた。
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