傾国



「お前が家のためだと言ってくれましたからね。これを学舎のお金になさい」



咄嗟に言葉が出ず、礼はその金貨をまじまじと見つめた。



試しに合格した者は、一年間皇城内の学舎で、行儀作法や高度な教養、なにより、忠誠心を叩き込まれる。


また武官を目指す者は、ここから鍛練漬けの日々が始まる。


だが入舎の際に納める金は高額で、それが、多くの優秀な平民の皇城入りを阻む壁となっていた。



「礼、聞きなさい」



それまで押し黙っていた父の静かな声に、礼は我に帰った。



「はい」



「お前の考えはわかった。私は止めない。思うようにやってみなさい」


父の前に、礼は居ずまいを正して座り直した。


父は、子の親の顔でなく、職に就くということを知る大人の顔をしていた。



「青家は武官の家柄ではないから、私も大層なことは言えない。ただ、皇城に入ろうと思うなら、これだけは心に留めておきなさい。
主が道を外せば、それを諫めなさい。そしてな、いいか、何度も諫めても、それでも主が進むと言ったならば、それから後は、主に仕えることに決して迷いを抱くな。そういう主に仕えるのだと、肚を決めて主に従いなさい」



分かったな、と念を押す父に、礼はしっかりと頷いた。


なんと潔い教えだろう。


父も、祖父も、その前の先祖たちも、官吏として宮城に入ると決めたとき、皆こうして官の覚悟を説かれて送りだされたのだろうか。



青家嫡子・礼。



礼が試しを受けると決まったのは、その名に言い知れぬ誇りを持った夜のことだった。



< 15 / 74 >

この作品をシェア

pagetop