傾国
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男の狙いに気付いたのは、指輪がきっかけだった。
小豆色のくたびれた綿入れを着た男は、ぼさぼさの頭を掻きながら、人混みの中をするすると貴族席の近くへ歩いていた。
人波をぬう平民らしからぬ身のこなしにまず目がいき、ふと痒そうに動く右手を見て凍りついた。
矢を射る者は、右手の親指に指輪をはめる。
親指に弓弦が食い込んで傷付くのを防ぐためだ。
幅の広い独特な形の指輪で、しかも色合いからして高級な軟石。
そんな指輪を嵌める平民がいるはずがない、あれは平民を装った武人だ。