傾国
「気になる者がおりますか」
そんな素振りなど見せていないつもりだったが、やはり将軍の目は鋭い。
「あの、一番弓のできる男。私の命を救ってくれた」
ああ、と将軍は答えた。
「青礼でございますか。確かに、あれの弓の腕は抜きん出ております。ただ、少々非力ですな」
馬を体の一部であるかのように乗りこなし、流れるような手際で弓矢を操る。
彼はきっと、生まれついての弓兵なのだろう。
「……あの者は、偏りが強い」
将軍の声に、ふと厳しさが混じった。
「偏り?」
「はい。弓の腕だけ見れば、私が城に入ってから三十年、見たことがないほど秀でております。ですがあれは剣が扱えないのですよ。非力なせいで、どうやっても剣に振り回されてしまう」
教官がもたついた者を順に一打してから、少年たちは思い思いに散った。
小休憩に入ったようだ。
水場へ走る者が多い中、青礼は一人で、繋いだ馬の汗を藁で拭ってやっていた。
「御前をお守りするには、弓以上に剣が使えなければ意味がない」
将軍の言葉は、崔延ではなく眼下の青礼に向けているような言葉だった。
馬が、青礼に鼻面を寄せている。
馬は人の心を敏感に察する生き物だが、彼はあっという間になつかせたようだ。
「何より」
少年たちがぱらぱらと戻ってきた。
何やら語り合いながら体をほぐす者たち、さっきまであれほど鍛錬していながらさらに木剣で打ち合う者たち。中には、寝転がって昼寝を目論む剛の者までいる。
「あれは、丹でございます」
少年たちの輪の中に、青礼は入って行かなかった。