スロウダンス
「あの、、、何ですか?今は、業務中で・・・」

「正木部長には許可を頂いてる。」

相良部長は即答する。

慌てて、正木部長を見ると、にこやかに、無言で『うんうん』と頷いている。

(えーっ!私は何も聞いてない!)

腑に落ちないまま、仕方なく相良部長の後についていく。

(しかし、この人、いつも後ろから登場するなぁ…。)

「心臓に悪いんだけど・・・」

と、小さな声で呟くと、

「何か言ったか~?」

と急に振り向いたので、慌ててブンブンと頭を横に振った。

第一応接に通され、相良部長が奥に腰を下ろし、脚を組む。私がその斜め前に座ろうとすると、

「そこじゃ、話しにならない。」

「・・・はい。」

正面に座り直す。

相良部長に限らず、真正面から男の人と向き合うのが苦手だ。

どこを見ていいか分からず、微妙に視線が定まらない。

「藤曲さん、単刀直入に言うけど、俺のアシスタントにならないか?」

「!!!む、無理です!」

考えるより先に自然と言葉が出てしまった。

「ハハッ!少しは考えるフリしろよ。」

口調は笑ってるのに、目は笑っていない。

(ひーっ、怖いんですけどーーー!)

自分のスカートの端を見つめ、やっと出した声は驚く程、弱々しかった。

「あの・・・即答したのは、私では役不足だと思っているからです・・・。それに仕事が早くて出来るアシスタントは私以外にたくさんいると思います。」

相良部長は、脚を組み換える。
動作のひとつひとつが、いちいち絵になる。

「確かにいるなぁ~。この1週間、社内を見て回って、個個人の大体の仕事ぶりは分かった。俺なりに社内の派閥・交友関係も把握出来たと思う。」

私は黙り込む。

「色々と横から余計な事を言う人はいる・・・。けれど、自分の目で見て、一緒に仕事をするなら藤曲さんが良いと感じた。それに今のままじゃ、アンタの仕事は評価されないままだぜ。」

「わ、私の何を買っていただいてるのか理解出来ません。それに・・・評価されたいなんて思っていないです。私は、私に与えられた仕事をしているだけです。」

「与えられた仕事をしているだけ?嘘言うなよ。」

相良部長の、眼差しが強くなる。手を前で組み合わせ、身を前に乗り出してきた。

私は、思わず身を引いてしまった。

「あの収支報告書作成しているのは、藤曲さんなんだって?わざわざ、経理部から毎月データをもらって、そこから部署での閲覧用に見やすく加工している。パスワードを設け、セキュリティロックをかける念の入り用だ。正木部長から聞いたよ。前任者はファイルさえ作っていないそうじゃないか。」

「あれは、自分で必要だと思って勝手に作っただけで・・・」

「お茶も。あれは笑えたな。わざわざ急須から丁寧に入れて。」

(なんで、そこまで・・・)

「でも、俺に言わせれば、全部無駄だな。」


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