スロウダンス
カウンター下に母が屈んで、子犬にミルクをあげていた。

茶色のくるんと丸まった尻尾の後ろ姿。

(きゃー!かわいいー!!)

お店の外履きのサンダルを引っ掻けて、柴犬に近づけば・・・カウンターに頬杖をついた男性客の姿が。

緑のザックリ編みのカーデガンと白いシャツ。こちら側からは顔は見えない。

(この人が飼い主かな?)

母が私に気付き、デレデレの笑顔を向けた。

「あっ、智子~、見て見てよー。この子、茶々丸君って言うんだってぇ♪」

「へぇ、茶々丸君?」

そう言ってカウンターに近付いた時、

(ん・・・?)

(ん・・・?)

(んんーっ!!!)

二度見、三度見した視線の先には・・・

セットしてない、すこし癖のある髪・・・。一瞬誰だか分からなかった。

しかし紛れもなく、そこには相良部長が珈琲カップ片手に座っていた。

当の本人も驚きを隠せないようだ。

思わず、背面の備え付けの食器棚に後ずさりしてしまう。

『ガシャン』と中のガラスが音をたてると、茶々丸の背中がビクッとした。

「ちょっと!智子、茶々丸君を驚かせないの!」

「あっ、ごめんね・・・」

私は、そっと茶々丸の頭を撫でる。そして恐る恐るカウンターを見やった。

「・・・ここ、藤曲の家だったんだな。」

周りをぐるりと眺めながら、相良部長が呟く。

「相良部長、何故ここに…?」

私の問いに、茶々丸を指して、『俺が飼い主』とそっけなく答える。

「はぁ、茶々丸君の…」

私は、なんともアホな受け答えしか出来ない。

そこへ地獄耳な母がすかさず会話に入ってくる。

「まぁ、まぁ、相良さんって智子と同じ会社なんですか~?」

「えぇ、そうなんですよ。僕は転職したばかりですが。」

「やだ~早く言ってください!いつも娘がお世話になってます!」

「いや、こちらの方がお嬢さんには色々と教えてもらっていて・・・」

「こんな、ぼーっとした子がですか?むしろ足を引っ張ってません?あっ、智子、部長さんに珈琲お注ぎして!」

完全に母のスイッチが入ってしまったようだ。
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