スロウダンス
新しい珈琲をカップに注ぐ。

「何か食べられますか?私、これから朝ご飯なんです。」

おずおずと手元の立て掛けメニューを差し出す。

「じゃあ、サンドイッチを。」

「分かりました。お母さん、サンドイッチをお願い。」

「はーい。じゃあ、お祖母ちゃんに茶々丸君見ててもらおうね。」

茶々丸を抱いて、奥の住居へ一旦引っ込む。

今、店には私と部長。

聴こえるのは、お店に流れるBGMだけ。

「いい店だな。」

沈黙を先に破ったのは、相良だった。

「はぁ、ありがとうございます。」

そこから話が続かない。

(あんな悪夢を見たばかりで、このシチュエーションはかなり困る…)

「藤曲の家は、お母さんとお祖母さんの3人なのか?」

「はい、祖父は母が小さい頃に。父は、私が中学生の頃に亡くなりました。」

「辛い事を聞いたな、悪かった。」

そう言うと、カウンターに深く頭を下げた。私は慌てて首を横に振る。

「いえ、随分前の事です、気にしないで下さい。」

そう言うと、相良がゆっくりと視線を上に戻す。

「・・・うちと一緒だな。」

「えっ?」

「うちも母子家庭だ。」

「…そうだったんですか…。」

互いに視線が重なり、相良がフッと口の端を持ち上げる。

なんだか今日の相良は、会社の時と違って感じる。それは服装のせいなのかもしれないど、纏う空気が柔らかい。

リラックスしたラフな格好は、似合っていておしゃれだ。実年齢よりも若く見え、大学生でも通せそう。

話を続けようとした時、母がキッチンへ戻ってきたので、一時中断した。

「後で時間いいか?」

と小声で尋ねたので、私は黙ってうなずいた。
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