スロウダンス
波におっかなびっくりに近付いては、逃げ廻る茶々丸。

すこし離れた場所で、私と相良は、流木に腰を掛け、その姿を眺めていた。

根掘り葉掘り聞きたがる母を振り切り店を出て、茶々丸を連れて近くの浜辺に来た。

1月でも降り注ぐ日差しは温かく、海も凪いでいる。

「企画業務推進部は、第二営業部みたいなもんだ。当然、もとの営業部は面白くない。」

「・・・そうだと思います。」

『時間いいか?』と言われた時、きっと会社では話せない事では…?という予感があった。なので、相良が口にする内容も実は予測はあった。

「アシスタントには、営業部の吉原さんが候補に挙がっていた。営業部長の強い薦めがあって。」

「吉原さんですか・・・」

吉原さんは、去年入社したばかりだ。
可愛い外見で男性陣の人気は高い。

噂ではぶりっこだと、営業部女子から嫌われてるみたいだけど…

「多分、彼女は、こちらの動きを逐一報告する為に推されたんだろうな。アシスタントの話しは、回避出来たが、企画業務推進部へのメンバー入りは捩じ込まれた。」

「・・・」

「それだけじゃない、人手が足りないから、いくつかの部署から、企画業務推進部への異動は、4月の新入社員が入ってからにして欲しいと言われた。」

「そんな・・・!部署として機能出来ないじゃないですか・・・!」

知らないうちに語気の強まった私とは対照的に変わらないトーンで話す。

「まぁ、専務の息のかかった部署は非協力的だし、人選も期待出来ない。早くも島流し的な部署になりそうだ。」

相良部長は、足下にある小石を拾って、海へ投げ込む。それは綺麗な放物線を描いて、白い飛沫となって消えた。

ヘッドハンティングまでしておいて、こんな扱いを受けるなんて。完全な社内抗争のとばっちりだ。

憤る私に

「まっ、でも俺は逆にワクワクしてるし、俄然、燃えるね。」

「えっ?!」

「そこまで意識されてるんだよな~、俺は。まぁ、しょうがないよな~。こんなの屁でもないけど。」

負けず嫌いな子供みたいな発言・・・。

「ぷっ」

思わず吹き出したら、笑いが止まらなくなって、お腹を抱え込む。それを見た相良が初めて柔らかく微笑んだから、思わず目を見張った。

「笑った顔さ、始めて見た。」

「それを言うなら、私もです。冷笑じゃない笑顔始めてです。」

「そっかぁ…俺はどうしても冷たいイメージ抱かれるんだよな。」

呟くと、またいつもの表情に戻った。

(あーあ、また狼みたいな表情になっちゃったよ…)

秘かにガッカリしてる自分に驚く。

暫く、二人でキラキラ光る海面を目を細めながら眺めながら、

(相良部長は一体いくつの表情を持っているんだろう)

あの笑顔が一瞬『ゆうちゃん』に重なって胸がざわざわする。

「そろそろ帰ろうか。寒くなってきたしな。」

部長が腰を上げたタイミングで声を掛ける。

「あの…」

「ん?」

「…相良部長、保留にして頂いてるお返事を今していいでしょうか。」

振り返った顔は、これから何を言うか察しているかのよう。

「どうぞ。」

薄い唇の端が上がる。

「私は・・・・」

海からの風が強く吹いた。

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