スロウダンス
「おはよー」

着替えと化粧を済まし、階段を降りながら挨拶をすると、階段下すぐ横の和室では、祖母が仏壇にお水をあげていた。

「はい、おはよーさん。」

線香の煙が白い筋となって、天井に延びている。

私も祖母の退いた座布団に座り、仏壇に手を合わせる。

セピア色の写真には若い祖父の写真。隣にはカラー写真の父が並ぶ。

祖父は、終戦から3年後に中国からの引き揚げ船で戻ってきた。しかし、その10年後、母が小学生の時に風邪をこじらせ肺炎で亡くなった。

父の場合は、若くしてスキルス胃ガンにかかり、あれよあれよと告知から3ヶ月で帰らぬ人となった。まだ44歳で、私は中学2年生だった。

いま我が家は、私と母、89歳の祖母の女性ばかりの3人暮らしだ。

「智子、早くしなさい、もう7時になるよ。」

まったく、27歳になっても・・・と続きの言葉が聞こえてきそうだ。

「はい、はい、今ご飯食べます」

テーブルにつく。我が家の朝食は、海辺の町ゆえに朝からかなりしっかりしている。

雑穀を混ぜたご飯、ワカメの味噌汁、干物、納豆、海苔を混ぜた卵焼き。

・・・さながら旅館の朝食だ。

でも朝からこの量はなかなか厳しい。

(本当はシリアルとかで充分なんだよね~)

先にご飯を食べ始めていたお祖母ちゃんが、にんまり顔で、

「智ちゃん、今日の帰りにTSUTAYAで、吉右衛門さんのDVD借りてきてくれないかねぇ?」

「オッケー、鬼平犯科帳ね!」
干物をほぐしながら、答えると、

「じゃあ、智子、お母さんはねー」

とすかさず便乗する。

「韓流ドラマだよね、借りられてる場合もあるから希望3つまでメモして頂戴ね。」

「ラジャー!」とチラシの裏紙にペンを走らせる母。

こういうところで、ポイントを稼がないと、30歳実家暮らし、親に家事全般甘えている身は辛いのだ。

ふと壁にかけた時計を見やると、いつも出なければいけない時間をとうに過ぎていた。

(やばい・・・、今日はかなりのんびりしすぎた)

慌てて箸を置いて、台所横の小さな洗面所へ走った。ざっと歯を磨く。短い髪にブラシを通して、かるーくオイルをつける。

とれた口紅は、会社に着いてから塗り直そう。

ダイニングキッチンを横切ると、私の食べ残した干物を母が残務処理していた。

ダウンコートとショートブーツを履いて
店側の玄関から出た。

「いってきまーす!」

「「はーい、行ってらっしゃい。」」

2人の声を背中に受けて、駅まで私は足早に急ぐ。

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