スロウダンス
それ以降英君から、話しかけられる事が多くなった。

『英君って、藤曲さんの事好きなんじゃない?』

なんて、声も耳にしたけど、そういうんじゃないって思う。なんせ、『姉御』だもんね。

「姉御?」

昔を思い出して、突然黙りこんだ私を心配そうな顔で覗き込んでいた。

英君のドアップが目の前にあった。

「うわっ!」

びっくりして、後ろに仰け反る。

「…どうしたんすか?今日から新部署で緊張してるんッスか?」

「えっ?そんな事ないよ、大丈夫だよ。」

私が笑顔で答えると、何故かムスッとした表情で、口早に何か呟いた。

「…まさか、姉御も相良ファン…」

「えっ?何て言ったの?」

「何でも無いッス。」

そう言って俯く。

(何か変な事言ったかな…)

「噂で聞いたんだけどら英君も来月から同じ部署なの?そうだとしたら心強いよ。だからあまり気負いが無いのかも。よろしくね。」

あくまでも森先輩からの情報は伏せておいた。すると、パッと表情が明るくなる。

「ウッス!宜しくお願いします!」

そう言うとニコニコしている。

(うーん…口調がこうじゃなきゃ、爽やかなジャニ系なんだけどな。)

あの一件より、彼はラインが入った厳つい坊主頭から、髪を伸ばした。
それが少し癖のある柔らかそうな栗色でちょっと垂れ目と長い睫毛の甘い顔立ちに合っている。前は眉毛も剃ってあまり無かったのに。

(なんか野良猫が、心を開いてくれて飼い猫になったら、実は血統証付でした!みたいな感じなんだよねぇ…)

入り口で話し込むのも邪魔なので、エレベーターホールまで話ながら移動した。

「そういえば、話は変わるけど、さっきの人は、誰?」

「開発部の渡邉ッスよ。挨拶もロクに出来ないスカしたヤローッス。」

(あれが、渡邉さんかぁ…神経質そうな人だな。)
さっきの舌打ちを思い出して、気が沈む。

「それより姉御、今週メシでもどーすか?総務の森さんも誘って。」

「うーん・・・」

言い淀んだ丁度その時、『チーン』と1階にエレベーターの到着音がした。

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