スロウダンス
私の住む町は、かつて城下町だった。

線路を挟んで前は海辺、後ろは傾斜のゆるい山がつらなっている。

私は生まれてからずっとこの町に住んでいる。母も、祖母も、ずっとだ。

勤め先までは、電車で一駅、そこからバスで20分。

通勤にはかなり恵まれていると思う。

何せ、自宅から駅まで走れば5分だし。

ただ高校生の時分とは違って、この距離も走るのはツラく感じる。

なので滅多に走らない、いや正確には走れないのだ。

今日まで学校が休みなのか、学生の姿は無く、電車もバスも空いていた。

バスが会社前の停留所名を告げると、同じ会社であろう人達がゾロゾロ降りていく。

(あれっ?)

降りようとする人達の中に、背が高く、黒いトレンチコート姿の男性の後ろ姿が目についた。

顔は見えないが、髪の毛はサイドが短く切り揃えられ、トップは軽く毛先を遊ばせている。

入社して8年、、、

人見知りの性格で、交流会と称した飲み会も何だかんだ理由をつけて参加してこなかった。

とはいえ、さすがに長く勤務していれば、名前は知らなくとも、顔は大体見知っている。

(今日はいつもよりバス一本遅れて乗ったから、馴染みが無く感じるのかもしれないな・・・)

智子の会社は、行き過ぎない限り、基本通勤服は自由となっている。パートさんが大半を占める現場に融通を利かせたものだった。

服装を見れば、自然と事務系、現場製造系と分かれてしまう。

前を行く人はどうみても営業マンのようだった。

(営業部にあんな人、いたっけ・・・?)


軽く首を捻っていると

「智ちゃん!おはよう!」

バスを降りたところでポン!と肩を叩かれた。

振り返ると、清掃でうちの会社に派遣されている二見(ふたみ)さんだ。

「おはようございます。本年も宜しくお願いします。」

「やだー、そうね、新年の挨拶からよね。新年早々うっかりだわぁ~。こちらこそ今年も宜しくお願いね。」

二見さんは、母の学生時代の友達で、長い付き合いになる。背は小さいけれど、いつも元気いっぱいで、母といいコンビなのだ。

「智ちゃんが、この時間のバスって珍しいわねぇ」

「えぇ、今日は少し寝坊しまて・・・」

言い淀みながら、前方に目をやると黒のトレンチコート姿はもうなかった。

(うちの会社じゃなかったかな・・・)

「智ちゃん、今日は全体朝礼の日よ!急ぎましょう!」

「あっ!そうでした!」

(やば、すっかり忘れていたや)

私と話しといた二見さんは既に勢いよく門をくぐっていた。



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