スロウダンス

見知らぬ背中

新年の全体朝礼は、社長の挨拶から始まる。

(あわわ、もうロッカーに人ほとんどいないよ~)

ロッカールームでワタワタ制服に着替える。

くっそー、タイツは家から履いてくれば良かった・・・

スキニージーンズだったので、履いてくるのをやめたのだ。80デニールの厚手のタイツと格闘していると、

「おはよー♪今年も宜しくね」
ふわっと薔薇の香りをさせながら、ロッカールームに余裕で入ってくる人がいた。

「森さん、おはよーございます、今年も宜しくお願いします。あっ、それと38歳のお誕生日おめでとうござ・・・、」

最後迄言い終わらないうちに、お尻を軽~くローキック!される。

「ぎゃっ!」

「もーっ、藤曲ちゃん言ってるでしょ?
私は23歳なのよ?誕生日おめでとうって何の事?」

指をチッ・チッ・チッと横に振る。

「・・・、はい。ソーデシタ。」

私は、お尻をさすりながら返事をした。

森さんは総務部で、私が入社した時から23歳のままだ。

先程告げた通り、ホントは38歳。(元日生まれで、私の祖母と同じ誕生日だったりする)

外見からは、とてもそんな年齢には見えず、ピンク、リボン、シフォンが大好き!

またそれが恐ろしく似合ってしまうのだ。

さらに更に、大学受験を控えた18歳の息子さんがいる。

私は入社して1年くらい、森さんの冗談を本気で信じていて、机に飾られた息子さんの写真(当時は小学生だった)を森さんの年の離れた弟だと思っていた。

初めて会社帰りに誘われた居酒屋で真実を告げられたときは、ホントにびっくりして、枝豆をポロリと口から落とした。

「私の嘘を本気で信じたのは藤曲ちゃんぐらいだよー」

水滴がビッシリついたビールジョッキ片手にケラケラと嬉しそうに笑った。

笑いすぎて、目尻に涙まで溜めていた。

そんな勘違いが、ツボだったらしく、人見知りな私を、今日に至るまで色々可愛がってくれている。

「あのー、大したものじゃないんですが誕生日プレゼントあるんです。後で時間いいですか?」

「うん♪ありがとうね、昼休みにいつもの場所でね」

・・・23歳と言い張る割にはちゃっかりしてるなぁ。

「じゃあ、私、朝礼に行ってきます」

森さんは、朝礼には出ない。朝礼中の各部署の電話対応の為だ。

「そうそう、藤曲ちゃん、今日の朝礼は目の保養になるわよー」

「はっ?何がですか?」

(意味が分からない。目の保養になる?)

ぽかんとする私をフフッと笑って、ヒラヒラ手を振る。

『カチャリ』とロッカーキーを回して、森さんは扉に隠れてしまった。
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