嘘と微熱と甘い罠

「なぁ、天沢」





ふいにコーヒーを飲んでいた笠原さんが腰を屈め。

俯いている私の耳元に顔を寄せた。





「…今夜空いてる?」

「え…」

「…19時。いつものところ」





コソッと耳元で囁かれた言葉は。

少し前なら残業よりも約束よりも。

何よりも最優先にしてた言葉。

だけどそれは私が自覚する前…笠原さんのことしか考えてなかった時の話。

今は…。





「あの…笠原さん…っ。お話しがある、んです…け…ど…っ!?」





覚悟を決めた。

私の気持ちが笠原さんに向いていないことをはっきりさせなきゃ。

笠原さんにも、相良にも。

そして自分自身にも。

誤魔化さないで話さなきゃ…。





そう決めたのに。

私の決心は脆くも崩れ去った。

正しくは。

決心どころじゃなくなってしまった。




< 208 / 325 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop