嘘と微熱と甘い罠
それから私は、ミーティングルームには戻らなかった。
いや、戻れなかった。
何度か戻ろうとしたけれど、足を向ける度に涙が浮かんでくる。
私、こんな弱かったかな…なんて。
そんな風に自嘲気味でしか笑えなくて。
その情けなさにさらに涙が浮いてくれば、もう悪循環でしかなかった。
笠原さんと出会わなければ。
相良と同期じゃなければ。
この会社に入らなければ。
こんな思いをすることはなかったのに、と。
全てを否定してしまいたくなった。
「…も、ヤダな…」
ため息にも似た呟きが漏れたそのとき。
ブルブルとポケットの中で震えた私のケータイが、メールの受信を知らせた。
それは笠原さんからのもので。
【今夜接待になった】と、嘘かホントかわからないメールだった。
“ユリ”と会うことになったから、私との約束なんてどうでもよくなった?
だって私は、あなたの“一番”じゃないから。
目を瞑ればチラチラ見える首筋の赤い印。
…もう、どうでもいい。
どうでもいいから、ほっておいて…。
私はそのまま。
そのメールを削除した。