マテリアル・トライアル
タイトル未編集

「800先に熱源が一つ…現状も一定範囲内を移動中」
剣は自らの広範囲のスキャンの結果を淡々と述べた。
「やっぱりか。ガラヘッジの野郎め、うまい話だと乗ったら予想通りの展開の依頼ばっかか。後で文句の一つでもつけとかないとやってらんねーしな。
状況を説明してくれた剣を地面から抜き取り、軽々と肩に預けた。それは剣というよりも十字架をそれも黒い十字架を持っているかのようだ。
「断るか?俺らがやらなくても別のエージェントがやんだろ」
剣は二者択一を聞いた。
男は少し考える風にポーズをとってから体を少し揺さぶる。
「いや、行こう。ドライセン。文句はなしだ。飯がまずくなる」
剣の名前はドライセンというかつて災厄の剣と呼ばれた剣たちの一つだ。それは一振りの剣で数百もの兵士を消滅させるに匹敵することから恐怖と絶望をもって災厄の剣と呼ばれるようになった。また、災厄の剣を扱う従者にも特異性というか剣を扱うために自らの血液などの生態生体エネルギーもしくは電気エネルギーを剣に供給させないと災厄の剣は本来の圧倒的な力を覚醒させることができない。よって、災厄の剣の使用者はよほどの能力があるかドール(機械人形)くらいしか操ることはできないリスクの高い剣なのだ。その点でも災厄そのものである。
男に話かけた災厄の剣ドライセンもかつては別の従者の手で多くの破壊と殺戮を繰り返した「悪夢の黒十字」とも呼ばれた剣だ。それもいまは今の従者の手に移った。元の従者はすでにこの世にはいない。
「そういうと思ったがな、ベルテ。好きにしろ」
従者の意志には従う。これは災厄の剣の習性だ。滅多に反論しないイエスマンな剣が彼らなのだ。
ベルテは片手に持っていたトランクに掌の紋章が触れるとトランクは機械的な展開をしてドライセンを別次元に閉まった。
「媒介者」、あるものとあるものをつなぐもの。人間を媒介者にすることで別の次元と別の次元をつなげるという能力である。これによって媒介者は普段何も持たなくても、紋章のある体の部位をモノなどに触れることで媒介が行われ、呼び寄せたい物質を異次元から自分の次元へと召喚することができる。この一連の動作を「展開」と呼ぶ。
媒介者は災厄の剣とともに最悪の二大発明とまで呼ばれたもので、たとえば一人の媒介者がいるだけで戦争で明暗を分ける兵站の概念をなくしてしまったからであり、一人媒介者が入ればほぼ永続的に連続して物資や武器を運ぶことができる。つまり戦争の戦略の構図が一挙に変わってしまったことを意味する。どんな小隊、中隊、大隊、師団でも一人の媒介者がいれば兵站を気にせず進撃することができてしまう。
今いるベルテの世界は災厄の剣と媒介者が入り乱れた戦乱が終結した世界の後の時代に生きている。もはや媒介者も災厄の剣も伝承の時代へといきつくほど旧世代の新世代との乖離は広がるばかりだ。
もはや媒介者も災厄の剣も古の技術と呼ばれても仕方がない存在だが、依然と媒介者になるものはいるし、災厄の剣を操るものも存在する。恐怖と絶望は完全には消滅していないのだ。伝説の中で完結するほど簡単な技術ではないのだ。
そして、世界は安定を求めて動き出している。それでも各地で小さな諍いや厄介事はなくならない。そんな状況に対して、様々なエージェントを派遣して問題の解決、依頼の処理を行い、すべての国をまたぐ派遣機関オメガ・インテグラルが組織された。ベルテもオメガ・インテグラルのエージェントの一人だ。依頼内容は千差万別、日々依頼は途切れることはないためエージェントが依頼さえ選ばなければくいっぱぐれることはない。
エージェントには依頼の元締めの担当官がつく。エージェントは担当官の持ってくる依頼から選び、依頼処理のために派遣される。
今回の依頼はマークス博士の別荘にある研究データの回収である。
ドライセンをトランクに展開して収納したベルテはトランクを背に持って目的地を見渡せる小高い丘にのぼった。
先ほどドライセンがスキャンした結果通りそこには別荘とは言い難い頑健な研究施設と白い衣装を身にまとった羽をはやした女性型のドール(機械人形)が浮遊していた。浮遊を可能にしているのは背中に装備された飛行ユニット「アンジェロ」によるものだ。
「マークス博士といえば、ドールの開発に関わった技術者の一人だよな。そんな博士の別荘の研究データをはいどうぞでくれるわけないよな」
ベルテの独り言が終わるとまるで施設を守るかのようなドールの姿が目視できた。ドールは全身が白の衣装で飛行ユニットの装着でまるで天使が飛ぶような光景だ。ドールは飛行ユニットの他に何も武器らしきものを装備していない。
「丸腰?おかしい」
ベルテはすぐさまトランクに手をかけると展開しドライセンを召喚した。ベルテはそのままドライセンに分析を頼んだ。
「お前の考えの通り、丸腰じゃない。あの飛行ユニット、アンジェロっていうんだがあれが曲者だ。おい、気づかれたぞ」
「なにが曲者なんだよ、さっさと説明を続けろ」
「かまわん、いいから俺を盾にしろ。くるぞ」
不気味な天使は薄笑いを浮かべ、翼の至るところからは発光がみられる。エネルギーの収束が大小含め短時間で行われている。収束が終わるとそれは放たれた。
極太と極小のレーザー砲。一度に数十発を一斉に照準を定めず放つため、損害は大きい。施設を見下ろしていた丘は不整合な焦土になった。
ベルテはドライセンを上に向けてなんとか盾がわりにしてレーザーの魔手から防いだが正式な盾じゃない以上何発かを防ぐので精一杯っというところか。
「ドライセン、こんなの何回も防ぎきれないぞ」
すでに丘から施設のほうに移動しながらレーザーを防いでいたベルテだが少々焦りが見える。
「防ぎきれないなら避けろ。能無し」
「アホか、それができてりゃそうしてる」
軽々と剣を背負うような形で走っているが、災厄の剣は単体だけでも相当の重量を持つ。それをたやすく扱えるベルテも相当な身体能力を秘めている。
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