地上の天使
第一章
少年は一生分の不幸がその日に集中して起こったのではないかと、すっからかんになった財布を片手に打ちひしがれていた。多摩川沿いの土手には、ランニングをしているおじさんや、犬の散歩にきているおばあさんもいる。猫をだいた少女も見えたが、少年、高山哲也はそれどころではなかった。
決して日常的に不幸な事ばかり起こるわけではない。そんな常に物語の主人公トップであるポジションに、なった覚えもなかった。
しかしながら不幸というものは唐突に訪れる。事の始まりは通っていた高校での盗難事件だ。彼は貧乏人だったが、人様の物を盗むだなんて考えてもいなかった。
それだのに、その犯人にしたて上げられてしまったのだ。もちろん彼以外の真犯人によってだ。財布は中身を抜いて少年の鞄に入れられていたのを、クラスメイトが運良く発見したのだ。もちろん少年にとっては不幸の始まりである。今まで友人だと思っていた人々から他人のような目で見られ、親と共に呼び出され、校長からは直々に退学処分になるだろうと言われていた。
その帰り道、無実の罪でむしゃくしゃしていた彼は親を振り切り、一人で街を歩いていた。すると薄暗い道に差し掛かった時、絵に描いたような不良達がからんできた。そして彼の財布の中身を奪って行った。今月分の全財産だ。あと少しすればバイトの給料が入るものの、そのバイト先からも先ほど電話が入っていた。
「学校で盗難事件起こしたんだって?」
同じバイト先にクラスメイトがいる事ほど、恐怖な事はないと初めて知った。店長はもう来なくていいと一方的に電話を切った。
仲間だと思っていた者達から信頼を失う。それは心臓を鷲掴みされるような痛みだった。昨日まで友達だった人間達が、ただの他人に変わるのだ。
何が変わったんだ?俺自身は何も変わっていないのに、周囲はたえず変わっていくのか。俺に原因が無くても、これだけ変化は早いのだ。
少年は目からこぼれそうになる涙を、懸命になって堪えた。街中で泣いている人間は、旗からみれば滑稽に違いない。しかし溢れてくるものを止めることも彼にはできなかった。
これ以上不幸になることはないだろう。そう思っていた矢先、彼の前に一人の少女が現れた。
「こんにちは!」
明るい声に太陽のような笑顔。猫を抱いた薄銀色のワンピースをきた少女は、少年の顔に自らの顔を覗きこませた。
「こんにちは!ってば。もぅ、聞こえてるんでしょ?」
今は夜である。正しくいえば今晩は、だ。なんて事を訂正する気力はもちろん無い。いきなり現れた少女に腹を立てつつ、少年は彼女を振り切ろうとした。
「もう!無視しないでよ!高山哲也くん!」
急に名前を呼ばれて、悪寒がした。知り合いだったろうか?しかしこんな靴も履いていない奇想天外な少女、知り合いだった覚えが無い。年の頃は哲也と同じくらい。15、16くらいだろう。ショートボブが可愛らしい、少し細身の女の子だった。クラスに居たらマドンナだろう。
「人の話は聞いてよね。私はナナ。」
ナナ、思い当たる人間が出てこない。しかし小学校の頃にいたかもしれない。同じクラスだったか?別のクラスなら中学校の可能性もある。
「ナナよ。はじめまして。...あれ、どうかした?」
考えて損をした、というのが顔に出たのだろう。同時にこいつは何者なんだ、という疑念が頭を支配する。ひと気のない場所で女の子が声をかけてくる。普通の男子なら嬉しい予感がするかもしれないが、今の彼に普通は当てはまらない。
「こんにちは!もぅ、聞いてよね。」
「あの、人違いです。」
考えた末に口から出たのは、関わらないという選択肢だった。少女は少し怒ったように頬を膨らませた。
「嘘、嘘!そんな事ないもん。あなたは高山哲也くん。間違いないよ。」
「どうしてそう言い切れるのさ。」
「それは...」
急にためらうかのように言葉が出なくなった。これ幸いと、哲也はそのまま立ち去ろうとした。落ち込んでいる時に陽気な人間と話すのは苦痛だった。
「ねぇ、高山哲也くん。あなたは目に見えて居る現実以外の事実を信じる?」
「いきなり、何だよ。」
そのあとの言葉で、彼はさらに顔をしかめる結果となる。
「私はナナ。あなたに幸せを届けにきた、天使なの!」
これは、トンデモナイキチガイ女だ。
彼の彼女の印象だった。
決して日常的に不幸な事ばかり起こるわけではない。そんな常に物語の主人公トップであるポジションに、なった覚えもなかった。
しかしながら不幸というものは唐突に訪れる。事の始まりは通っていた高校での盗難事件だ。彼は貧乏人だったが、人様の物を盗むだなんて考えてもいなかった。
それだのに、その犯人にしたて上げられてしまったのだ。もちろん彼以外の真犯人によってだ。財布は中身を抜いて少年の鞄に入れられていたのを、クラスメイトが運良く発見したのだ。もちろん少年にとっては不幸の始まりである。今まで友人だと思っていた人々から他人のような目で見られ、親と共に呼び出され、校長からは直々に退学処分になるだろうと言われていた。
その帰り道、無実の罪でむしゃくしゃしていた彼は親を振り切り、一人で街を歩いていた。すると薄暗い道に差し掛かった時、絵に描いたような不良達がからんできた。そして彼の財布の中身を奪って行った。今月分の全財産だ。あと少しすればバイトの給料が入るものの、そのバイト先からも先ほど電話が入っていた。
「学校で盗難事件起こしたんだって?」
同じバイト先にクラスメイトがいる事ほど、恐怖な事はないと初めて知った。店長はもう来なくていいと一方的に電話を切った。
仲間だと思っていた者達から信頼を失う。それは心臓を鷲掴みされるような痛みだった。昨日まで友達だった人間達が、ただの他人に変わるのだ。
何が変わったんだ?俺自身は何も変わっていないのに、周囲はたえず変わっていくのか。俺に原因が無くても、これだけ変化は早いのだ。
少年は目からこぼれそうになる涙を、懸命になって堪えた。街中で泣いている人間は、旗からみれば滑稽に違いない。しかし溢れてくるものを止めることも彼にはできなかった。
これ以上不幸になることはないだろう。そう思っていた矢先、彼の前に一人の少女が現れた。
「こんにちは!」
明るい声に太陽のような笑顔。猫を抱いた薄銀色のワンピースをきた少女は、少年の顔に自らの顔を覗きこませた。
「こんにちは!ってば。もぅ、聞こえてるんでしょ?」
今は夜である。正しくいえば今晩は、だ。なんて事を訂正する気力はもちろん無い。いきなり現れた少女に腹を立てつつ、少年は彼女を振り切ろうとした。
「もう!無視しないでよ!高山哲也くん!」
急に名前を呼ばれて、悪寒がした。知り合いだったろうか?しかしこんな靴も履いていない奇想天外な少女、知り合いだった覚えが無い。年の頃は哲也と同じくらい。15、16くらいだろう。ショートボブが可愛らしい、少し細身の女の子だった。クラスに居たらマドンナだろう。
「人の話は聞いてよね。私はナナ。」
ナナ、思い当たる人間が出てこない。しかし小学校の頃にいたかもしれない。同じクラスだったか?別のクラスなら中学校の可能性もある。
「ナナよ。はじめまして。...あれ、どうかした?」
考えて損をした、というのが顔に出たのだろう。同時にこいつは何者なんだ、という疑念が頭を支配する。ひと気のない場所で女の子が声をかけてくる。普通の男子なら嬉しい予感がするかもしれないが、今の彼に普通は当てはまらない。
「こんにちは!もぅ、聞いてよね。」
「あの、人違いです。」
考えた末に口から出たのは、関わらないという選択肢だった。少女は少し怒ったように頬を膨らませた。
「嘘、嘘!そんな事ないもん。あなたは高山哲也くん。間違いないよ。」
「どうしてそう言い切れるのさ。」
「それは...」
急にためらうかのように言葉が出なくなった。これ幸いと、哲也はそのまま立ち去ろうとした。落ち込んでいる時に陽気な人間と話すのは苦痛だった。
「ねぇ、高山哲也くん。あなたは目に見えて居る現実以外の事実を信じる?」
「いきなり、何だよ。」
そのあとの言葉で、彼はさらに顔をしかめる結果となる。
「私はナナ。あなたに幸せを届けにきた、天使なの!」
これは、トンデモナイキチガイ女だ。
彼の彼女の印象だった。