地上の天使
「ついてくるなよ。」
「まぁまぁ、そんなに邪険にしないでよ。これからいい事あるんだからさ。」
自称天使ナナは、そう言って少年にウインクした。話をしても折り合いがつかず、振り切ろうと思ってもどこまでもついてくるため、仕方なく家路を共に歩いていた。
「天界ではナーナって呼ばれてるんだけど、日本人には不慣れだろうからって短くしてナナ。可愛いでしょ?」
「...」
よく話す女だ。
哲也は話し下手だから、こういう人間は少し羨ましい。話す事を拒絶している人間に、こうまでして積極的に声をかけられるのは尊敬に値する。もちろんその思考には、彼女に対する皮肉も含まれている。
「で、具体的には何をしてくれるわけなんだ?」
「え?」
「俺を幸運にしたら帰ってくれるんだろう。だったら具体的に何が俺にとっての幸運なんだ。」
「そ、それは...」
少女は何とも歯切れの悪い調子だ。
「もしかして、何にもないの?ここまで言っといて?」
「そういうわけじゃないけど...」
「だから、具体的に何をするんだよ。」
「それはっ...!あなたの幸せだと思う事を、見極めるのもわたしの仕事なの。」
「仕事?」
「そう!少しの間時間を共にして、あなたが幸せだと思う事を一つだけ実行する。」
「一つだけ?」
「そう。あなたに魔法をかけていいのは一回だけ。これは天界の掟で決まってるから絶対なの。」
「ふーん。」
大口たたいておいて、結局できないんじゃないか。内心で思っていても、聞いたりはしない。また言い合いになるからだ。
「決まりを破ったら?」
「そんなことしないから、大丈夫!」
そうこうしているうちに家についてしまった。
「それじゃ。」
「わー!ここが哲也くんのおうち?お邪魔します!」
「え?」
「こんにちは!」
だから今は夜だっての。
言っても無駄な気はするが、少女はズカズカと家の中に入って行く。しかも泥のついた足のままで。
「おい、ちょっとまて!」
「哲也?帰ったのか?」
父親の声が聞こえてきた。
「ああ、ナナちゃん。もう来てたのか。」
「おじさま。」
「連絡くれたら空港まで迎えにいったのに。もう荷物は届いてるよ。」
「わぁ、ありがとう!」
「親父、知り合いなの?」
「哲也にはまだ言ってなかったか。ナナちゃん。今日から一年間、うちで暮らすことになったから。」
「はぁ?!」
「ずっと海外ぐらしが長かったんだよな。ほら、足のドロ落とさないとダメだよ。」
「ごめんなさい。」
「ナナちゃんはいい子だな。」
ナナは嬉しそうに笑っていた。哲也は内心、父親の海外暮らしのイメージに対して突っ込んでいいかどうかを考えてしまった。
「親父、これどういうこと?」
「私の旧友の娘さんでな。ナナちゃんの家族は海外に永住してるんだが、せっかく日本人として生まれたんだから日本で生活してみたいっていう希望をかなえてあげたんだよ。」
「はぁ?!」
哲也の思考は完全に止まった。いったいこれはどういうことだ?
帰宅して真っ先に話したかったことはほかにあったはずなのに、目の前のことで精いっぱいだった。
「それより、哲也。大事なことがありだろう。ちょっと来なさい。」
すっかり昼間のことを忘れてしまっていた哲也の脳裏に、クラスメイト達の疑心暗鬼な顔立ちがよぎる。ああそうだ。現実を忘れてしまっていた。
「話すことなんてない。」
「哲也!」
哲也は自室のある二階へと足早に去っていった。
「まったく。ナナちゃん。タオルとってくるから、ちょっと待っててね。」
「はい。」
誰もいなくなった廊下で、ナナも二階へと歩いて行った。
泥だらけの足なのに、今度は足跡を残さずに。
「まぁまぁ、そんなに邪険にしないでよ。これからいい事あるんだからさ。」
自称天使ナナは、そう言って少年にウインクした。話をしても折り合いがつかず、振り切ろうと思ってもどこまでもついてくるため、仕方なく家路を共に歩いていた。
「天界ではナーナって呼ばれてるんだけど、日本人には不慣れだろうからって短くしてナナ。可愛いでしょ?」
「...」
よく話す女だ。
哲也は話し下手だから、こういう人間は少し羨ましい。話す事を拒絶している人間に、こうまでして積極的に声をかけられるのは尊敬に値する。もちろんその思考には、彼女に対する皮肉も含まれている。
「で、具体的には何をしてくれるわけなんだ?」
「え?」
「俺を幸運にしたら帰ってくれるんだろう。だったら具体的に何が俺にとっての幸運なんだ。」
「そ、それは...」
少女は何とも歯切れの悪い調子だ。
「もしかして、何にもないの?ここまで言っといて?」
「そういうわけじゃないけど...」
「だから、具体的に何をするんだよ。」
「それはっ...!あなたの幸せだと思う事を、見極めるのもわたしの仕事なの。」
「仕事?」
「そう!少しの間時間を共にして、あなたが幸せだと思う事を一つだけ実行する。」
「一つだけ?」
「そう。あなたに魔法をかけていいのは一回だけ。これは天界の掟で決まってるから絶対なの。」
「ふーん。」
大口たたいておいて、結局できないんじゃないか。内心で思っていても、聞いたりはしない。また言い合いになるからだ。
「決まりを破ったら?」
「そんなことしないから、大丈夫!」
そうこうしているうちに家についてしまった。
「それじゃ。」
「わー!ここが哲也くんのおうち?お邪魔します!」
「え?」
「こんにちは!」
だから今は夜だっての。
言っても無駄な気はするが、少女はズカズカと家の中に入って行く。しかも泥のついた足のままで。
「おい、ちょっとまて!」
「哲也?帰ったのか?」
父親の声が聞こえてきた。
「ああ、ナナちゃん。もう来てたのか。」
「おじさま。」
「連絡くれたら空港まで迎えにいったのに。もう荷物は届いてるよ。」
「わぁ、ありがとう!」
「親父、知り合いなの?」
「哲也にはまだ言ってなかったか。ナナちゃん。今日から一年間、うちで暮らすことになったから。」
「はぁ?!」
「ずっと海外ぐらしが長かったんだよな。ほら、足のドロ落とさないとダメだよ。」
「ごめんなさい。」
「ナナちゃんはいい子だな。」
ナナは嬉しそうに笑っていた。哲也は内心、父親の海外暮らしのイメージに対して突っ込んでいいかどうかを考えてしまった。
「親父、これどういうこと?」
「私の旧友の娘さんでな。ナナちゃんの家族は海外に永住してるんだが、せっかく日本人として生まれたんだから日本で生活してみたいっていう希望をかなえてあげたんだよ。」
「はぁ?!」
哲也の思考は完全に止まった。いったいこれはどういうことだ?
帰宅して真っ先に話したかったことはほかにあったはずなのに、目の前のことで精いっぱいだった。
「それより、哲也。大事なことがありだろう。ちょっと来なさい。」
すっかり昼間のことを忘れてしまっていた哲也の脳裏に、クラスメイト達の疑心暗鬼な顔立ちがよぎる。ああそうだ。現実を忘れてしまっていた。
「話すことなんてない。」
「哲也!」
哲也は自室のある二階へと足早に去っていった。
「まったく。ナナちゃん。タオルとってくるから、ちょっと待っててね。」
「はい。」
誰もいなくなった廊下で、ナナも二階へと歩いて行った。
泥だらけの足なのに、今度は足跡を残さずに。