君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】




「今の私には此処までかな。
 もう少しうまく出来ると良かったんだけど。

 1週間、びっしりと練習できなかったのはやっぱり影響出るな」



なんて独り言を呟きながら、譜面台にあった楽譜を片付ける。


アイツが次の楽譜を手に取った隙に、
手にしていたアイツの楽譜を覗き込む。


おたまじゃくしがいっぱい。




手書きで用意されたその楽譜は、
名前は知ってるのに、他で見た時よりも、
おたまじゃくしの大群が多いような気がした。




「なぁ、これってこんなにおたまじゃくしなかったよな」



楽譜を指さしながら問いかけると、
アイツは「原曲はないと思う。指の練習も兼ねて、音数を私が勝手に増やしただけだから」なんて
サラリと言いやがった。



「次、愛の挨拶録音するから、また黙ってて」


告げられると、俺は深く息を吸って
息を半ばとめるように、アイツの方に視線を向ける。




って別に息とめる必要なんてねぇじゃん。


俺自身の行動に突っ込みながら、
奏でられるアイツの演奏を聴く。



最初のカノンとはまたガラリと雰囲気を変えて
奏でられる演奏。


三回ほど取り直しをしながら、ようやく録画を終えた頃、
アイツは満足げにピアノに向き合いながら笑ってた。




理佳が笑ったところ、初めてみたかもしれねぇ。




その後は、今度は今、練習しているピアノの先生からの課題とか何とかいいながら
ノーパソで、誰かが演奏しているところを流しながら、
それに重ねるようにアイツもピアノを奏で始めた。




俺が遊戯室に入って、すでに一時間。

もうお昼ご飯になりそうな時間。




アイツは何度も何度も同じ場所を繰り返しながら、
時に早く、時に遅く演奏を続ける。




「理佳ちゃん、託実くん、そろそろベッドに戻りなさい。
 お昼の時間よ」



迎えにきた左近さんは、
そうやって声をかけると、他の看護師さんに声をかけられて
すぐに部屋を出ていく。



「俺が連れてくよ。

 ほらっ、ピアノの椅子から移動できるか?」

「今日は出来るから平気」



そうやって理佳は答えると、
ゆっくりとピアノの椅子から立ち上がって、
その場で固まる。


「大丈夫か?」

「うん。
 立ってすぐに行動は出来ないから。

 今移動するね」



そう言ってアイツはゆっくりと車椅子へと移動した。


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