君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
美加は小さく溜息をついた後、
「託実、ここまででいいよ。
今度は二学期。学校でかな?
理佳さんに宜しく」
短くそう告げて、駆け出していった。
一人になった俺は、自分の足でしっかりと歩きながら
病室へと戻った。
「おっ、お帰り。
俺、そろそろ行くわ」
「隆雪、自宅まで送るよ」
そう言うと、隆雪も裕真兄さんも病室を出ていった。
告白して最初の、二人きりになる病室。
変な緊張感が走る。
会話らしい会話もないままに、
時間だけが過ぎる。
照れ隠しに触る携帯電話。
理佳は、五線譜を必死に追いかけて時折、
指先を動かしていた。
ただ……アイツを見てるだけで、
幸せだって思える俺を見つめた。
その日、母さんが食事を運んできて、
親父が後から覗かせた。
「あらっ、託実。
アンタ、今日、堂崎さんと派手に言いあいしたんだって。
小児科の奈良先生が、託実が女の子に平手打ちされてたなんて
教えてくれたわよ」
おいおいっ、母さん。
楽しそうにそんな話しなくていいよ。
「ごめん。
病院でそんなことになって」
「そうね。
病院で騒ぎになったのはマズかったわね。
でもお母さん、安心してるのよ。
託実は託実。
裕君や裕真君、一綺君の後を追いかけなくていい。
ありのままの等身大でいればいいのよ。
力を抜いて、託実は託実らしく……。
うまく立ち回ろうとしなくていいの。
ただ、母さんは人の心の痛みがわかる託実になってくれれば
それだけで充分よ」