君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
プルルル。
ふいにお遊戯室の内線がベルを鳴らす。
「はいっ、満永です」
「理佳ちゃん、あれから一時間半よ。
少しは休んだ?
羽村先生から病棟に連絡が入って、
今日のレッスンは、予定通りですって。
いつもの様にPCとカメラとお遊戯室に持っていくわね」
「有難うございます」
かおりさんにお礼を告げた後、
私は再び、ピアノの椅子の前に座った。
今、私のピアノ指導をしてくれてるのは
世界的に有名なピアニスト。
羽村冴香【はむら さえか】。
幼稚園の時に、ピアノのお稽古に行ってた楽器屋さんで
一度だけ出逢ったことがある冴香先生の演奏は、
一寸の狂いもないほど正確で、それでいて指先のタッチ力が絶妙だった。
重たいピアノの鍵盤を流れるような指使いで、
操りながら演奏する魔術師みたいな憧れの存在。
そんな羽村先生と関係を繋げてくれたのが、
難病と向き合う子供たちに夢を与えようという趣旨で行われる
メイク・ア・ウィッシュと呼ばれる活動。
小学校三年生の時、当時の主治医の先生に
18歳まで生きられないかも知れないと告げられて
塞ぎ込んでた私に、夢をくれた存在。
メイク・ア・ウィッシュにお手紙を書いてお願いしたのは、
羽村冴香さんに逢いたいって言う内容だった。
そして私のピアノの先生になって欲しい。
今思えば大胆な夢で、大胆な手紙だったかもしれない。
だけど……殆どの当たり前の夢を手放した私だから、
最後のこの夢だけは手放したくなくて必死だった。
その時から……冴香先生とは、今も交流が続いてる。
「理佳ちゃん、入るわよ」
かおりさんの声が聞こえて、再びお遊戯室のドアが開くと
約束通り、ピアノの上にはマイクを接続したノートパソコン。
私の手元を映し出すためのカメラが三脚でたてられる。
通うことが出来ない私。
決まった時間にお稽古をすることが出来ない冴香先生サイドの事情も重なって、
私はあの時から、
こうやってインターネットを通してピアノのレッスンを付けて貰ってた。
専用に開発されたソフトを起動して、
マイクを音にしたまま、私は楽譜と睨めっこしながら今日の課題曲を見つめる。