君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
モーツァルト。
2台のピアノ・ソナタ。
ニ長調 第一楽章。
少し前にドラマで取り上げられて、広く知られるようになったこの曲。
その曲を一緒に演奏しましょうって夢をくれたのは、
冴香先生。
楽譜を追いかけて、ゆっくりと練習をしていると
PCの画面に、向こう側の冴香先生の様子が映し出される。
「こんにちは。
理佳ちゃん、今日の調子はいかが?」
「レッスンが楽しみで早く起きちゃいました」
「まぁ、理佳ちゃん。
先生も一緒に同じステージで演奏できるのを楽しみにしてるわ。
さぁ、早速始めましょう」
冴香先生の合図で、私は最初の頁から演奏を始める。
カメラによって映し出された手元を見ながら、
画面の向こうで、冴香先生が指先を動かしているのが視界にとまる。
「理佳ちゃん、もっと楽しんで。
モーツァルトも言ってたよ。
音楽は楽しくないといけませんって。
もっと屈託のない明るい感じで」
演奏中に、冴香先生の声が飛び交う。
音楽をもっと楽しむ。
屈託なく明るい感じで。
今の私的には、すでに十分楽しんでるつもりなのに
その思いはなかなか、相手に伝わらない。
何とか演奏をやりきった後、
冴香先生は「少し待ってね」っと画面の向こうに消えていった。
CDらしきものを手に再びPCの前に戻ってきた冴香先生は、
モニターの向こう側でゴソゴソしながら、
私に告げた。
「理佳ちゃん。
先生が演奏するパートは、後でMP3で送るわね。
何度も聴きこんで、練習に役立てなさいね。
今から理佳ちゃんに聴かせるのは、誰にも聴かせたことないんだけど……
先生が、お姉さんと一緒に演奏したものよ。
先生のお姉さんも、とてもピアノが大好きな人なのよ。
姉はピアニストにはならなかったけど、
今もずっとピアノと関わる仕事をしてる。
本当に心から音楽を楽しむ、そんな姉が理佳ちゃんのパートを演奏してる音があるの。
今から、それを姉の録音済みの音源と一緒に演奏するわね。
それを受け止めて、次のレッスンの時に理佳ちゃんが私とどうやって演奏して楽しみたいかを
考えて貰えると嬉しいわ」
冴香先生はそう言うと、リモコンでボタンを押して
静かに鍵盤に手をのせた。
ピアノ1パートは私が演奏しているから、
先生のお姉さんの録音してる演奏。
そして低音パートには大好きな鍵盤の魔術師が奏でる、
インペリアルの音色。
どちらの音色も重なり合って、洪水のように私の方に押し寄せてくる。
2台のピアノのためのソナタ。