君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
「楽譜は暗譜していて?」
「だいたいは」
「なら始めましょう?
伊集院先生、満永さんについて頂けるかしら?」
「えぇ、構いませんよ。さぁ、始めましょう」
思わぬ展開についていけないまま、
その夢のような時間に流される。
「満永さん、二台ピアノが横に並べられていますね。
お互いの呼吸を感じながら、時折、隣同士でアイコンタクトを取りながら
タイミングを合図で話し合って、演奏してみてください」
伊集院さんがそう言って、
私のピアノの傍の椅子に腰を下ろすと、
鍵盤に静かに手を添えて、ゆっくりと隣に顔を向けた。
視線があった後、一呼吸を置いて、演奏を始める。
一人で、自動演奏的に流れ続ける音聴きながら演奏していた時と違って
隣からは、呼吸的なものが気配がダイレクトに感じ取れる。
そんな呼吸を必死に自分のものにしながら、
その息の中に自らの意識を寄り添わせるように、入り込んでいくものの
練習不足の指は、鍵盤を外し、演奏はズタズタ。
それでも演奏を止めることなく、最後まで演奏を終えることが出来た時
今までとは違った感覚が私を包み込んた。
合わせることのむずかしさ。
それと同時に、相手を感じながら演奏する楽しさ。
「宝珠、次は私が変わりましょう。
その前に、冴香女史以上に出しゃばることは出来ませんが
少し気になったことを」
そう言うと、伊集院先生は私の後ろから鍵盤に指先を触れてその音色を奏でていく。
「例えばこのフレーズ。
満永さんの演奏はこんな感じでしょうか?変に指先に力が入ってるのがわかりますか?
ここをこんな風に、うまく指先の柔軟性を利用して柔らかく演奏してみると
もっと軽快な装いに音色も変わっていくと思います。
後は……少し腕を宜しいですか?」
促されるままに伊集院さんの元に腕を差し出すと、
彼は私の腕に触れながら、気になったらしいその場所で手を止めた。
「ここ痛みますよね」
指摘されたその場所は、確かに演奏するたびに痛むようになった場所。
だけどピアノに腱鞘炎的なものは誰でも起こるし、
ピアノを取り上げられるのが怖かったから、ずっと言わないでいた。
だけどその場所は、少しふれられた指先に力を加えられると痛いことには変わりなくて。