君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
そう言うと中山先生は、
右手でピストルを撃つような真似をして
ベースの弦の上に手を添える。
そして人差し指を引っ込めて、その人差し指を軸に柔らかく手首を回転させながら
親指の一番硬い部分を弦に叩きつける。
「託実くん、わかるかな?
叩く位置としては、指板の12フレット以降がいいんだけど、
叩く場所に寄っても音が変わるから、託実くんが弾きやすくて好きな音が出る場所を探してみるといいよ」
中山先生がやるように、俺も相棒を触ってみるものの思う様に叩けない。
やっぱり付け焼刃では出来ないよな。
「家でも練習してきます。
次のレッスンまでには、ある程度こなせるようにしたいな」
「なら僕も楽しみにしてるよ。
サムピングの後は、プル。
サムピングの時に軽く握った状態の人差し指をこうやって使って
弦を引っ張り上げる。
サムピングを戻すときの回転力を使うんだ。
深く指をもぐらせすぎると、こんな風に引っかかってしまうから
自然に軽い動きで」
そう言って中山先生は、ベースのメロディフレーズから
スラッピングのフレーズへと繋げていく。
サムピングでは、3弦と4弦。
プルは、1弦と2弦をよく使うのか、
2つの動きを組み合わせながら、中山先生の演奏は続いた。
そうやってその日の練習を終えた俺は、
一度、レッスンスタジオを出て次にレンタルで押さえている時間までの
30分間を軽く腹ごしらえするために出掛ける。
近所のコンビニで、パンとコーヒーを購入して
店前のベンチに座って食べ終えると、
携帯を見ながら、理佳の電話番号を表示させる。
アイツ、今頃何してるだろ。
アイツのところに顔出さなくなって、
もうすぐ1ヶ月になっちまうのか……。
そろそろ会いに行きたいと望む俺と、
アイツと対等に話す隆雪を見て、イラっとするのが嫌だから
せめて隆雪と対等な程度には、楽器のことも音楽のことも叩き込んで
それで堂々とアイツの横に立ちたいと言う、俺の我がままにも似たプライド。
指先で伸ばしかけた発信ボタンを
どうにかこうにか抑え込んで、俺はベンチから立ち上がると
スタジオの方へと歩いて戻った。
スタジオ前の玄関に車椅子に座って笑う、理佳を見つけた。
理佳の傍には、従姉妹の宝珠姉さんと昂燿校の紺野KING。
そして……もう一人は、学院の伝説のメンバーと言われてる
一綺兄さんの父親の時代に学院改革をした、有名ピアニスト伊集院紫音。
裕兄さんかよ。
なんだよ、あの顔ぶれ。
夏休みの間、もっと近く感じてたこ理佳の存在が一気に
遠のいた気がして、苛立った。
俺は逃げるように、理佳たちの前を走って建物の中へと入ると
カウンターに預けていた相棒を連れて、再度、レンタルすることが出来たスタジオへと
一人引き籠って、黙々とベースを奏で始めた。
なんだよっ。
素直になりたいと思いながら、なりきれない俺自身。
好きな奴の前では、
見栄もはりたいし、かっこいいところを見せたい。
アイツは年上なんだ。
もっと……もっと、アイツの傍に居るのに相応しい俺になりたい。
そうやって望み続ける俺の想いは、
からまわりに終わっているような気がしつつも
それを認めることすら出来ず、ズルズルと彷徨い続けてた。