君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
一綺兄さんはそう言うと、
ぶら下げてきた大きな箱の中からドレスを取り出した。
ピアノの演奏会の時に着ていたドレスとは違った、
もう一着。
「母が作ってたんだ。
ダンスパーティー用に。
だからこの部屋に戻ってきた時に、一番最初に目に留まるように
ハンガーに吊るしておこうと思ったんだ。
今度こそ、このドレスを着て出掛けられるように。
お呪いみたいだろ」
そう言いながら、主の居ない部屋に、柔らかな布が何層にも重ねられて
ふわふわしているドレスが、場違いだけど飾られた。
「大丈夫だよ。
まだ……理佳ちゃんとやりたいこと沢山あるだろ。
来月は、隆雪の誕生日。
そして、クリスマスイヴにクリスマス。
今年はどうするの?
隆雪の誕生日とイヴは同じ日だね」
そう言って、一綺兄さんは病室のカレンダーをめくった。
生きられた日の時間だけカレンダーには大きく日付欄に【有難う】っと小さな文字で記入されている
理佳のカレンダー。
そのカレンダーに綴られ続ける感謝の言葉は、
11月4日を最後に、とまってしまっている。
俺はアイツの代わりに昨日までの日付欄に【有難う】の文字を書き込んでいく。
いつもと同じ日常・いつもと同じ時間。
ただその場所に、理佳の笑顔はなかった。
理佳と対面が許されたのは、11月の終わり。
俺がいつもと同じように病室を訪ねた時には、
誰も居なかったベッドに、こんもりとした掛布団。
久しぶりに病室に戻ってきた理佳は、
今もまだ眠っているみたいだった。
会わなかった時間の間に、
理佳の身に何があったのかわかんないけど、
少し顔が黄色っぽく映った。
黄色?
黄疸が出てる?
読んだ本の中に出てきた【黄疸】の言葉と肝機能障害の文字が脳裏に浮かんだ。
その説明の上にあった本の文字は、心不全……だったか。
読んでるようで一言一句間違えないと言い切れるほど暗記してるわけでもなく、
素人知識は危うい。
今度……親父にアイツの病気のことを教えて貰おう。
守秘義務があるって言うなら、アイツの今の病状じゃなくていい。
一般的な知識としての、理佳の病気のこと。
そんなことを思いながら、いつもの様にアイツのベッドの隣に椅子を置いて
勉強を始めた。
17時が過ぎて、晩御飯の準備が始まる。
アイツの担当ナースの遠山さんが、
晩御飯の入ったトレーを運んで病室に顔を出した。