君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
「あらっ、託実くん。
理佳ちゃんのお見舞い?」
「理佳、何時戻ってきたんですか?」
「今日の15時頃だったかしら?
危機的状況からは落ち着いたから、理佳ちゃんの希望で病室に」
「アイツ、起きたら話せるんですか?」
「えぇ。まだ無理はさせてはダメよ。
病室に戻ってきたって言っても、ピアノを弾きに行くことはまだ暫く出来ない。
だから託実くん、こうやって学校が終わったら顔を出してあげね」
遠山さんとそんな会話をしてると、
ベッドの中がモゾモゾと動く。
「理佳ちゃん、理佳ちゃん、起きれそう?
晩御飯の時間なの。
胃腸粘膜の浮腫みが少し酷いから、いつもよりも気持ち悪いかも知れない。
だけど、一口でも二口でも言いの。
自分の口から食べる努力をしてほしいの」
遠山さんはそう言うと、理佳の体をゆっくりと起こす。
ベッドの頭元をあげて、体を預けながら起き上った理佳は、
部屋にぶら下がったドレスを見て、驚いた顔を見せた。
「理佳……」
アイツはベッドから起き上がっただけなのに、
乱れた呼吸を必死に整えながら、ドレスから俺に視線をうつす。
「バカ……何、無理してんだよ」
すぐにでも抱きしめたくなる衝動を必死に抑えて
告げられた言葉。
「……ごめん……」
アイツは消えそうなほど小さな声で呟く。
「何謝ってんだよ。
それより……理佳、晩飯。
とっとと食べろ。
今から準備してやっから」
そう言いながら、俺は理佳に夏休みにプレゼントした食器を手に取ると
病院食の入った食器から、どろどろのおかゆをスプーンで掬って器を変える。
そんな俺をじっと見て固まったままの理佳。
「何?
どうかした?」
作業を進めながら切り返した俺に『抱きしめてくれないの?あの時みたいに』っと
アイツは俺の記憶にないようなことを紡いだ。
「抱きしめた?
何時?俺が?」
誰だよ、理佳を抱きしめた奴。
そんなの出来るもんなら、俺が一番やりてぇのに……。
「あれっ?
託実じゃないの?
ベッドに横たわってた私を布団ごと抱きしめて、
『とっとと熱下げろ。いいな、理佳』って……
託実言ったでしょ?
だから頑張らなきゃって思ったのに……」
おいおいっ、理佳……。
キョトンとしながら、理佳の中の現実を俺に語ってくれる。
だけど……当然ながら、そんな記憶は俺の中にない。
だからこそ……その理佳の記憶は、
魘されながら見た、アイツの夢でしかないはずなんだけど
夢の中のアイツが許されたなら……俺もいいのかな。
少しずつ理佳の傍に近づく俺に気が付いて、
遠山さんは何も言わずに病室を出ていってくれた。
多分、抱きしめてもいいってことだよな。
そうやって解釈した俺は、
夢の中の俺の様に、布団越しに理佳を抱きしめる。