君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】




「ご来場の皆さま、一夜限り、一曲限りではございますが
 ここで、スペシャルゲストをお招きしたいと思います。

 彼女との出会いは、メイク・ア・ウイッシュと言う団体を通してでした。
 難病で生きる希望をなくした幼かった少女は、
 今も懸命に自らの病気と向き合いながら、今を生きています。

 そんな彼女、理佳ちゃんこと、満永理佳ちゃんとの出逢いは
 私のピアニスト生命においても、かけがえのない存在となりました。

 どうぞ、皆さま、拍手でお迎えください。
 理佳ちゃん」




ステージから紡がれた私の名前。

同時に私を迎えに冴香先生は、ゆっくりと近づいてくる。


託実が車椅子のロックを解除すると、
ドレスを包むコートとひざ掛けを伊集院先生に預けて、
その代わりにボレロを羽織る。

動き出した車椅子は、
託実の手から冴香先生の手によって、ステージの中央へと連れていかれた。



会場内から湧き上がる沢山の拍手。


そんな声に緊張しながら、
車椅子に座ったままでゆっくりとお辞儀した。 



「それでは、理佳ちゃんと一緒に演奏する曲を紹介します。

 モーツァルトより、2台のピアノのためのソナタ。
 聞いてください」




冴香先生が曲を紹介すると、
冴香先生は奥のピアノの方へと歩いていく。

そして私はと言うと、託実が出てきて
車椅子を動かすと、ピアノの椅子へとゆっくりと移動させた。



対面する2台のスタインウェイ。



確か……呼吸を感じるの。

ゆっくりと目を閉じて、意識を研ぎ澄ませる。

深呼吸を繰り返して、ゆっくりと目を開いた時
向こう側から冴香先生のアイコンタクトが送られてきた。




第一音から、重なり合う2台のメロディーは、
ゆっくりとホールに広がっていくのを体で感じながら、
私は、精一杯演奏することに集中した。



沢山の拍手に支えられて、演奏を終えた私は
その後、すぐにステージ袖へと戻ったけれど
倒れることも、体調を崩すこともなくて、
ただこの楽しい時間に酔いしれたくて、第二部が終わるまで託実と一緒に
ステージ袖で演奏を聴き続けた。
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