君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
第一楽章 出逢った夏
1.罪と罰 -理佳-
「理佳、おはよう」
「おはよう、理佳」
「お姉ちゃん、おはよう」
夢の中に響き続けるのは、
私の求める幻想。
幻想だって、わかっているのに
その微睡の中に、ゆっくりと手を伸ばす。
微笑み続ける、大切な存在は
私の手掠めることなく、スーッと遠ざかる。
その孤独の痛みに、
私はその朝も静かに涙を流しながら覚醒した。
ベッドの上で、胸に手を重ねながら
自己暗示をかけるように『大丈夫』と何度も繰り返しながら言い聞かせる。
真っ暗な部屋に心が耐えられそうになくて、
何とか鼓動が落ち着いたと同時に、病室のベッドから降りて
窓にかかるカーテンを開いた。
外の明るさが、今はとても優しい。
再びベッドの上に戻りながら、
ベッドサイドのキャビネットに置いてある鞄から、
ピアノの楽譜を取り出して、私はその楽譜に意識を向ける。
もうボロボロになってしまった私の支え。
モーツァルト レクイエム ニ短調。
この曲と向き合った時間の数だけ、
書きこまれた演奏チェック項目の数々。
そんな私が生きてきた足跡を辿るように、
その文字の上をゆっくりと指先で辿る。