君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
「迷惑はかけられてません」
だって……会話すらも何もなかったから。
続けそうになった言葉は、飲み込んで
そのまま窓から外の景色を見た。
「先生、今日はエントランスで演奏してもいいの?」
メイク・ア・ウィッシュで冴香先生に出逢った
その後から、調子の良い時だけ週に三回。
病院のエントランスホールにあるピアノで、
ミニコンサートをするのが私の大切な役割。
「診察の後に決めようか。
横になって」
宗成先生の言葉に従って、ベッドに体を横たえると
聴診器が肌に触れる。
「今日のミニコンサートは、お昼からだったね。
先生のリクエスト、
夜想曲を演奏してくれるなら許可しようかな。
ただし……」
「午前中は安静にしておくことでしょ。
毎日言われてるから、ちゃんと覚えてるもん」
宗成先生とそんな会話をしてると、
再び病室のドアが開く。
「託実……」
先生の息子さんの名前を呼ぶ女の人の声。
「理佳ちゃん、先生の奥さんで薫子さんの声。
少し病室が騒がしくなりそうだね」
宗成先生はそうやって、小さく溜息を吐くと
カーテンに手をかける。
「うるせぇっ!!
出てけよ」
途端に怒鳴りだす言葉と、何かが壊れる音がした。
「託実、伯母さんを心配させたらダメだろ」
そうやって声をかける別の声が聞こえる。
隣のベッド周辺は朝から慌ただしくて、
そんなベッドの中心にいるのは、主治医の息子。
同じ空間に居るのも我慢できなくて、
イライラする心から遠ざかるように、
私はベッドから降りてゆっくりと歩いて抜け出す。
抜け出した途端に出勤してきた、
かおりさんと、かおりさんの前に担当ナースをしてくれてた
左近さんに見つかった。
「あらっ、理佳ちゃん。
ごめんなさいね。隣、騒々しいわよね。
遠山さん、理佳ちゃんをベッドに。
朝ご飯をお願いね」
左近さんはそう言うと私のことを、かおりさんに託して
深く息を吸いこむ。
「宗成先生、薫子先生。
そして、託実坊ちゃん。
お静かにっ!!
ここは病室ですよ。
親子喧嘩なら、ご自宅でなさってください」
一気にズドーンと落ちる雷に、
騒々しい病室は一気に静まり返った。