君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
「宗成先生、薫子先生はお二人とも、持ち場へ。
託実坊ちゃん、君はここで朝食を。
今日から私が、託実坊ちゃんのお世話をさせて頂きます」
左近さんが追い打ちをかけるように告げた。
ベッドに上がった途端、かおりさんによって開放されたカーテン。
遮るものがなくなった視界は、
見たくなくても、もう一つのベッドを囲む環境を視界がとらえる。
「託実、後でまた顔を出す。
理佳ちゃん、朝から騒々しくて悪かったね。
左近さん、後お願いします」
そう言いながら病室を後にするのは宗成先生。
「託実、お母さんも仕事の合間に顔を出すわね。
満永さんだったわね。
お騒がせしました」
薫子先生と呼ばれてたその人も、
私にお辞儀をすると病室を後にした。
私のベッドテーブルに朝食のプレートが置かれた頃、
託実君のベッドサイドにも、朝食が置かれる。
見ただけで食事メニューは全く違う。
棚の引き出しから、お箸を取り出すと
私は決められたお茶をコップに入れて、
ゆっくりと食事を始める。
「理佳ちゃん、ご飯食べ終わったら呼んでね。
入れ替わりに朝のお薬持ってくるから」
かおりさんは、
そう言うと慌ただしそうに病室を後にした。
いつの間にか、
左近さんの姿も消えていた向かい側。
ベッドサイドに座っていたのは、
真っ黒な長い黒髪をくくった若い男の人。
「託実、叔母さんを心配させるなよ」
そう言って、その男の人も私に会釈をして出ていった。
艶やかな黒髪をくくる、紫色の組紐が印象的だった。
向かい合うベッド。
今も主治医の息子は、朝食に手を付けようともせずに
ただベッドでふて腐れて眠ってるように見えた。
そんな主治医の息子を見てるだけで、
イラつく自分が居る。
ご飯を食べ終わって、ナースコールでかおりさんを呼ぶと
朝食を下げて貰って、朝の薬を飲むとゆっくりとベッドに横になった。
音楽プレーヤーの充電池を入れ替えて、
再生ボタンを押すと、
イヤホンを耳にさしこんで冴香先生のピアノの音色に浸った。
次に目を覚ましたのはお昼前。
病室の人口密度は一気に多くなっていて、
隣人のベッド周辺には、彼の学校の友達らしい人が
ワイワイと騒ぎながら集まっていた。