君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
「託実、智樹先輩に聞いてオレびっくりしてさ。
まさか、お前が入院するなんて思ってなかったから」
「そうよ。
私も今年の全国大会は、託実が優勝だと思ってたから」
そんな会話をした後、気まずそうに口元を抑える女の子。
「けど治るんだろ。
託実」
「俺さ、今日……コーチから言われたんだ。
託実の分も走ってくるよ」
聞きたくもないのに、騒々しい隣の会話は
いやおうなしに私の聴覚を刺激する。
早く出たい。
こんな騒々しい病室は嫌。
私は静かに……
死神が迎えに来てくれるのを待ちたいだけなのに。
私が許される日を待ってるだけなのに。
邪魔しないで。
私の大切な時間を……。
再び、病室のドアがノックされて
見慣れた人が姿を見せる。
「君たち、託実のお見舞いに来てくれたんだね。
有難う。
だけどここは病室。
ここには託実だけじゃない。
他にも入院してる人がいるってことを自覚して欲しいかな」
柔らかに静かに嗜めるその人が登場した途端、
今まで騒いでた人たちがシーンと静かに大人しくなる。
「最高総、大変申し訳ありません」
そう言って、その日との周囲には膝を折って座り込んで
お辞儀をする異様な集団が視界に入る。
何?
この人たち……。
「陸上部の皆さんは、
託実の分まで頑張って来てください。
もうお昼時になります。
皆さんは退室を」
私の知ってるその後ろ姿の存在は、
そう言うと、主治医の息子のベッドを囲んでた人たちは一斉に退室していく。
裕先生……。
名前を紡ぎかけようとして言い出せないまま、
じっとその存在を見つめる。
気が付いてくれるのを信じて。
「託実の友人たちがすいませんでした」
そう言いながら、振り返ったその人は
私の思ってた、裕先生とは違ってた。
顔立ちは凄く良く似てるのに、
何かが違う……。