君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
最終章
旅立ちの日に -託実-
8月27日20時頃。
理佳は19歳の生涯を終えた。
旅立つ理佳の病室には、
裕兄さんの提案で、宝珠姉さんたちDTVTが完成させた
アイツが作った、夜想曲【ノクターン】のアルバムが部屋を包み込む。
綺麗にCD化されたアイツの曲を聴きながら、CDケースを眺めるも【夜想曲】というアルバムのタイトルにもなってる曲名はない。
【ラクリモーサ~失った日々】
【煌めく季節】
【希望の翼】
【未来の祈り】
【夢の果てに】
そんな曲名が記されていた。
そんなアルバムの完成を嬉しそうに聴きながらアイツは静かに旅立った。
アイツの命の終わりを心電図モニターの音が告げた後、
俺は……アイツの傍で何度も何度も、アイツの名前を呼び続けた。
亡くなって暫くすると、今度はアイツの葬式の準備へと
時間は忙しなく動き続ける。
親父の手によって、理佳を支え続けた埋め込み型の補助心臓を取り除く処置が施される間、
俺は理佳の隣に居ることが許されなかった。
ペースメーカーや、こう言った人工補助心臓は
火葬炉や、火葬場で働く職員が受傷してしまうため、取り除く方がいいとされているらしく
その為の処置が必要だった。
アイツが旅立つ時間が、
ゆっくりと流れていた。
だけど俺にはその時間は、また得られないまま
消灯された一階の病院エントランスのソファーに座ったまま
アイツが何度も何度も演奏していたピアノを見つめた。
その場所でボーっと時間をやり過ごしていると、
一人の女の子が、俺の前を通りかかる。
その女の子は、理佳が何度も演奏していた
そのピアノの蓋を静かに開いて、鍵盤の上を何度もその指先で触れる。
鍵盤を触れながら、
ゆっくりと口の形だが変化していく。
「おねえちゃん……」
声にもならず、ただ口の形だけを変化させながら
その女の子は、何度も何度も、理佳が触れつづけた鍵盤を指先で辿り続けた。
俺の中に浮かんだのは、顔も知らないアイツの妹の名前・モモ。
「なぁ、お前がモモ?」
突然声を掛けた俺に、
その女の子は一瞬驚いた表情を見せたけど、
すぐに頷いて黙り込んだ。
「理佳が凄くお前に逢いたがってた。
なんで逢ってやらなかったんだよ」
責めたいわけでも、傷つけたいわけでもないのに
ふいに飛び出した言葉は、そんなキツイ一言。