君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
『お嬢ちゃん、
エルガーの愛の挨拶は弾けるかね。
昔、死んだ祖母さんが弾いとったんじゃ』
集まってくれた人たちからの声を受けて、
次の曲は決めていく。
その曲が自分で演奏できるものだったら、
演奏を頑張って、弾けない曲だったら素直に謝って
練習することにする。
愛の挨拶だったら、お稽古したことある。
2曲目はそれに決まった。
おじいさんの想い出の曲、
大切に演奏しよう。
ゆっくりと2曲目を始める。
すると何処からともなく、
私のピアノの演奏に、
重なってくるヴァイオリンの音色。
その音色は……小さい時から
ずっと知ってる優しい音色。
演奏を終えると、
ゆっくりとお辞儀をしてその人を見る。
さらさらの髪を結わえた
その人は、主治医の甥っ子。
そう言って私に話しかけてきたのはさっき私が間違えた
逢いたかった裕先生。
自分の夢を掴みとった人。
裕先生は出逢ったあの時と同じように、
ヴァイオリンを操りながら、私の傍へと近づいてくる。
演奏が終わって、お辞儀をすると
顔を上げた途端に、約束通り姿を見せてくれた宗成先生。
……夜想曲……どうしよう。
演奏するかどうか迷ってたら、
かおりさんの代わりに、迎えに来てくれた左近の姿が視界を捉える。
あっ……もう時間がない。
「理佳ちゃん、久し振り。
後、一曲出来そうかな?」
裕先生は私の方を見てから迎えに来てくれた左近さんに
アイコンタクト。
黙って、傍で見守ってくれてる左近さんに会釈をして
もう一度、ピアノに向かった。
裕先生のヴァイオリンが伸びやかに歌うのは
プッチーニ
トゥーランドット(誰も寝てはならぬ)の有名なフレーズ。
中学生くらいの私が当時、
病院に顔を出してくれた裕先生と偶然演奏した曲。
練習していた私の後ろで、
ヴァイオリンの音色を重ねてくれたって
言うのが正しいんだけどね。
そんな思い出が瞬時に浮かび上がる。
メインフレーズが少し落ち着いたとこで、
私はゆっくりとピアノの伴奏を最初から始めた。
ピアノの音色だけが静かに流れていた空間に、
華やかなヴァイオリンの音色が重なって広がっていく。
私の伴奏に、ヴァイオリンを震わせながら
メロディラインを鳴り響かせてくれる裕先生。
久し振りに心から、
楽しいを思えた演奏時間。
演奏が終わると、沢山の拍手と共に
私はその場所を離れた。
私は車椅子に移動して、
左近さんと入院病棟へと戻った。
裕先生も何処かへと姿を消した。
「あらっ、理佳ちゃん。
嬉しそうね。
裕君、一週間だけ日本に帰って来てるみたいね。
また来週には、行ってしまうけど
「行ってしまう?」
「あらっ、知らなかった?
裕君、卒業してから今留学してるのよ。
伊舎堂家の人間は、大学を卒業したら二年間海外留学することが
決められているのよ。
社会経験の一環でね」
そうやって情報をくれる左近さん。