君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
トントン。
到着した病室の扉をノックする。
「どうぞ」
そうやって顔を出したのは、
元弥君のお母さん。
「まぁ、理佳ちゃん来てくれたのね」
そうやって迎え入れてくれた病室。
だけど、元弥くんの声が帰ってくるわけではなく、
規則的に動いている、人工呼吸器の機械音が響くだけ。
心臓移植の順番を待ち続けながら、
私と同じ時を、必死に闘病して来た仲間。
そんな元弥君の心臓も限界に近づいていて、
今では補助人工心臓の力を借りてようやく動かしている状態。
そんな元弥君の隣に、
ゆっくりと近づく。
「元弥くん、こんにちは。
理佳だよ。
今ね、1階でピアノ弾いて来たよ」
そうやって声をかけると、
閉じられていた瞳が微かに開いた。
人工呼吸器が付けられているから、
声が聞こえることはなかったけど、
目を開けてくれたことだけでも十分。
それがだれだけ大変か、
私にはわかるから。
「また顔出すね」
そう言うと自分で車椅子の車輪をまわして
病室を飛び出すように出て行く。
見ているのが辛いって言うのもあるけど、
元弥くんの今の姿は、近い将来の私自身だと思えるから。
僅かな行動なのに、心臓に負担をかけてしまったのか、
脈拍が乱れているのを感じる。
車輪を回す手を止めて、
そのまま車椅子にもたれかかる。
「理佳ちゃん?」
慌てて駆け寄ってきた左近さんは、
何時ものように私の状態を確認していく。
「大丈夫……。
少し……息苦しく……なった……だけ」
そうやって答えるのが精一杯。
そのまま私は、左近さんに車椅子を押して貰いながら
自室へと戻ると、車椅子からベッドに
自分で移動することも出来ず、
左近さんに抱えられるような状態で、寝かされた。
ベッドサイドのコールを鳴らして、
左近さんが私の状態を伝える。
すぐにナースステーションから、
点滴を持った、応援の看護師さんが病室に姿を見せる。
「宗成先生の指示で持ってきました。
後で、病室に顔を出すそうです」
そうやって、点滴を左近さんに手渡すと、
手慣れた手技で、私の腕に点滴針が留置される。
「少し今の心電図見せて貰うわよ」
そう言うと、簡易心電計を心臓に押し当てて
データーを読み取ると、
それを制服のポケットへと入れる。
「理佳ちゃん、
詳しい説明は宗成先生の診察の後ね。
暫く、休んでいなさい」
そう言って左近さんは、病室を出て行った。
一気にシーンと静まり帰った病室。
病室の窓ガラスに、
衝突した蝉がゆっくりと
落ちていくのが視界に入った。
私の心臓は、
後、どれくらい持つのかな?
大好きなピアノは、
後どけだけ?
引き込まれていく意識の中、
不安だけは消える事はないままに。
必死で縋りつくように、
脳内に鳴り響かせるのは
トゥーランドット。
そして私が今まで演奏して来た、
大好きな音楽たち。
まだ私の希望を奪わないで。