君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
「おやおや。
理佳ちゃんを泣かせちゃったね」
「親父、何患者泣かせてんだよ」
宗成先生の言葉に、追い打ちをかけるように
聞こえるのは、託実君の声。
「託実、そろそろ術前リハビリを始めないか?」
今度は、託実君に言い聞かせるように
宗成先生は、父親の顔で説得を始める。
そんな親子関係が正直、少し羨ましい。
私はお父さんに怒られたことは一度もない。
お父さんが私に見せる顔は、
心配そうな顔と、疲れた顔だけだから。
笑ってる顔も、怒ってる顔も知らない。
私にお母さんが見せてくれる顔は、
泣きそうな顔と、
お母さん自身をずっと責めてる辛そうな顔。
だから……何時の間にか、
一緒に居る時間が苦痛になった。
私が感情任せに怒鳴ったら、
両親共に、何かがあった時とか、私が寝てる時だけ
姿を見せるようになった。
目が覚めたら、看護師さん経由で「お母さん来てたわよ」「お父さん来てたよ」って
情報を知る。
その言葉の後、クローゼットを開けると
洗濯物が回収されて、新しい着替えとタオルが綺麗に畳んで片付けられてる。
そんなことすら、
もう日常的に自然に出来なくなってる親子関係。
だから……託実君を取り巻く環境が羨ましいのと、
昔の私自身の後悔の懺悔の気持ちが、ぐちゃぐちゃに交錯する。
「うるせぇ。
出ていけ、親父」
ベッドにあった枕を投げつけて、
怒鳴ると託実君は再び、ベッドに転がった。
誰も居なくなった病室。
ほんの少しだけ、ベッドから体を起こして
心臓のご機嫌と呼吸を整えながら、
ゆっくりと地面に足をつけて立ち上がる。
充分に立ち上がれたのを確認して、
ゆっくりと足を一歩ずつ踏み出すと、
託実君が落とした、真っ白い枕を拾い上げて
託実君の傍へと初めて近づく。