君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
途端に閑散とした病室。
緊張だけが走って行く。
「託実君、君が言い出してくれるのを待ってたんだけど
そろそろ、返事をきかせて貰えないか?
僕は君の足を治したい。
だけど僕だけがそれを思っても、君にその意思がなければ
僕に手伝えることはない。
ベッドを待ってる人もいる。
だから治療する気がないのなら、宗成先生と薫子先生、それに病院長には悪いけど
僕は君に出ていってもらいたいと思ってる」
松川先生は、俺のベットサイドに座って
静かに言い放った。
問題児になってるはずの俺が、
何も言われずに此処に居られるのは、
親父と母さん。
それに此処の病院長である政成伯父さん。
裕真兄さんたちのお父さんの権力に庇護されていたから。
そんな風にも感じ取れる物言い。
「託実君にとっては、初めての入院で初めての手術になる。
どんなことだって、初めては不安なのはわかるつもりだよ。
だから託実君の不安には、どんなことでも寄り添っていたいと思うし
出来る限り、その不安を取り除く手伝いもしたい。
それは君のお父さんや、お母さんも同じだと思う。
ここには君よりももっと重病の患者さんが大勢いる。
だけど皆、その命と必死に向き合って頑張ってる。
ここはそう言う場所なんだよ」
優しい口調でも、松川先生が言い放つ言葉は
どれも俺には痛いことだらけで、
自覚がある俺は何も言いだせない。
「松川先生、すいません。
遅くなりました」
ふいに病室に姿を見せた親父は、
主治医にお辞儀をする。
「すいません、松川先生。
本当に託実がご迷惑おかけしてます」
そう言って謝罪する、
母さんが少しやつれて見えた。
「わかったよ。
治療って奴、受ければいんだろ。
ベッドの上も飽きたし、やらないと俺、追い出されんだろ。
だったらやるよ」
他に言い方もあっただろうに、
売り言葉に買い言葉的な勢いで、
反射的に言い放った言葉。
勢いで言い終わった後には後の祭り。
「託実、他に言い方があるだろう」
なん親父は言いながらも、
母さんは松川先生に何度も何度も
『お願いします』とお辞儀を繰り返した。