君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
握手じゃない……。
そう思ったときには、もう自由にならない私の右手。
「あらっ、ごめんなさい。
力が入りすぎて、あなたの真っ白い手を握り潰すところだったかしら?
悲劇のピアニストさん。
TVに出たからって言って、託実くんに同情を誘ったの?
託実くんは、皆の託実くんなのよ。
私だって、託実くんのこと好き。
だけど……託実くんは、悧羅校の女子生徒皆の託実くんだから。
託実くんも、紫に連なってる存在だから。
貴方、抜け駆けするようなまねはしないで。
これは、貴方の友達になった私からの警告」
美加さんは言いたいことだけを、ひそひそと耳打ちするように伝えて
そのまま握手を解くと、託実くんのベッドの方へと向かった。
あの人が告げた、悲劇のピアニスト。
TVに出たからって、同情を誘ったの?
その二言が意味するのは、私の人生史上で一度しかない。
メイク・ア・ウイッシュの存在。
あの時の出来事を今も覚えてる人が居るんだ。
そう思うと、体の震えが止まらなくなって
同じ空間に存在するのが耐えられなくなって、
逃げ出すように、車椅子に乗り込んで病室を出ていく。
行きたいところなんて思いつかない。
もう一度許されるなら、ラクリモーサを奏でに
思いっきりピアノを演奏したい。
だけど……午後からのミニコンサートに向けて
安静時間に入ってる今、許されるはずもない。
居場所がないまま、辿り着く場所は
元弥くんの病室。
元弥君以外、存在していない病室の中に
車椅子で入ると、モニターの波形と心電図の音に耳を澄ます。
そして点滴に繋がれて細くなった手に、
私の手をゆっくりと重ねる。
「元弥くん……、やっぱり私にとっての友達は
アナタだけだね……」
自分を慰めるように、落ち着かせるように
元弥君に語り掛ける。
同じ痛みを知っている元弥君との時間だけは、
ありのままの素直な自分になることが出来る気がして。
元弥君に寄り添う様に、
状態を元弥君が眠るベッドに前倒しになる。
「理佳ちゃん、また此処に居たのね。
今から昼ご飯。
その後は安静時間でしょ。
ほらっ、理佳ちゃんも自分の病室に戻りなさい。
託実くんに友達が来てて、
病室に居づらかったのかもしれないけど
もう帰って貰ったから」
そう言って迎えに来た左近さんによって
自分の病室へと連れ戻された。