夏の暑さに狂った俺は、
思わず俺が顔を上げると同時に、帽子を止めてくれた足の主が屈んだ。

少し大きめの黄色いTシャツから伸びる、日に焼けた腕。
木々の間から射し込む陽の光が、焦茶色の髪を照らす。

ふとそいつが立ち上がり、俺に帽子を差し出して微笑んだ。

「転がってきたよ」
「――っ、」

俺よりも数センチ上から降ってくる、柔らかく低い声。
都会育ちなのだろうか、話す言葉には少しも訛りがない。

容姿、雰囲気、そしてこの声も、どこかが浮世離れしていた。

「……引っ越し?」

見惚れていた、とでも言うのだろうか。
しばらく黙りこくっていた俺の目の前に、そいつの顔が迫っていたことに気付かなかった。
突然降ってきた声と、突然迫ってきた顔。
驚きのあまり、咄嗟に一歩後ろへ足を踏み出す。
あ、ごめん、と笑うそいつの声に、俺の耳はまだ慣れない。

鬱陶しいくらいに蝉の鳴き声が飛び交う中、そいつの声だけが脳に直接響くような。

「……ちがう」

脳が揺さぶられる感覚に、答えた声がうわずった。
気付かれただろうか、と少し不安になる俺を知ってか知らずか、そいつは続ける。

「旅行?」
「……そんな感じ」

「誰んち泊まんの?」
「……ばーちゃん、ち」

吐き捨てるように、それでも、素直に答えた自分に驚いた。
他人に根掘り葉掘り聞かれるのは、きらいだったはずなのに。

「どっからきたの?」
「……東京」

「いつまでいんの?」
「……一週間、だけ」

聞くだけ聞くとそいつは、ふーん、と興味なさげに呟いて、やっと口を紡いだ。

絡み合う視線。
意味もなく、頭の中で沈黙の時間を数える。

(いーち、にーい、さーん、しーい)

無駄に長く感じる沈黙が、もどかしい。
あんなに響いていた蝉たちの声さえ、遠くに感じる。

(ごーお、ろーく、しーち、はーち、)

九まで数えたとき、そいつが再び口を開こうとしたのを遮って、姉の声が聞こえた。

「ツヤー、まだー?」

追い討ちを掛けるかのように響く、車のトランクを閉める音。
咄嗟に眼を向けたデジタルの腕時計は、車を降りてから既に二十分が過ぎたことを知らせていた。
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